今回はX上で「炎上」した投稿について考えてみたい。考察の目的はその投稿や投稿者を非難することではなく、むしろベクトルは自分に向けられることになる。

投稿はspartacus氏によるもので、以下全文引用する。

「東大の学生、関東出身者が多いのも問題だが、その裏面として、地方出身の学生が圧倒的に男の理系が多いのも劣らず問題だと思っている。
文学部のように男女比率も地方出身者も比較的多いところにいるとあまり気にならないが、工学部など男子比率約90%で(地方出身者の率も高い)、「男性中心主義」はほとんど犯罪的である。
強いて言えば、日本近代の歪みがそのまま受け継がれている。支配階級の再生産装置とはこのことだと思う。大学一つにできることは限られているとは言え、こういうところこそ改革すべきなのに。」

この投稿はNHKニュース「東大で入学式 新入生の6割が関東の学校卒業 地方からは減少」を引用した上で、東大の理系(特に工学部)で地方出身の男子学生が圧倒的に多いことを問題視している。

一番の問題点(炎上の核心)は「男性中心主義はほとんど犯罪的である」という強い表現である。多くの人がこれを「地方出身の男子学生が一生懸命勉強して東大工学部に入った結果を、まるで犯罪のように貶している」と受け止めた。地方の男子学生は「家族を養うための確実な高収入ルート」として理系を選ぶケースが多く、親の経済力やコネがない中で努力の末に東大に入る階層上昇の典型例だと指摘されている。

それを「支配階級の再生産装置」「日本近代の歪み」と結びつけて批判するのは、努力と実力主義を無視した上から目線の偏見だと反発が殺到しているのである。投稿主が人文系(文学・哲学)の研究者・著者であることも「現実離れした象牙の塔からの意見」「自分は文系で楽してるくせに理系男子を叩くのか」とさらに火に油を注いでいる。

要するに、ジェンダーや地域格差の問題を指摘する意図自体はわかる人もいるものの、「犯罪的」「支配階級の再生産」といった過激で一方的な表現が、地方出身の努力する男子学生を「加害者側」に位置づけるように聞こえて大炎上した形である。典型的な「文系エリートが理系・地方民を上から見下す」構図として叩かれている状況なのである。

さて、ここから自分の話をしたい。私は最初この投稿を読んで、なぜ「炎上」したのかさっぱりわからなかった。つまり、spartacus氏と同様の無意識の差別意識を持っていたと言える。

種明かしをすると、spartacus氏はフランス現代思想を専門とする東大教授である。一方私はと言えば、ただの一般人であるが、大学時代にフランス現代思想を専攻していた。これは何を意味するかというと、日本である時期、フランス現代思想が知のヒエラルキーの頂点に君臨していた(あるいは一部の人が勝手にそう思っていた)ということである。まあこれは幻想にすぎないのだが、たとえば浅田彰を思い浮かべていただければ容易に想像できると思う。

また、この実態のないヒエラルキーは、いわゆる受験偏差値のヒエラルキーとパラレルであって、フランス現代思想の専門家には「お受験の秀才」が多い。(一例を挙げれば、ドゥルーズ研究家の檜垣立哉は、全国模試で1番をとったことがあると言っていた。四方田犬彦も筑駒の秀才である。彼らは「努力しないで」東大に合格する。)

私は彼らのような秀才でもなく、能力も、親の経済力もないのだが、筑駒や灘を頂点とするヒエラルキーや、ドゥルーズやデリダ(フ―コ―でもレヴィナスでもいくらでも変奏できるが)を頂点とするヒエラルキー(の幻想)を共有していたのだし、努力のあげくなんとか社会の上層部に食い込んでお金を稼ぐよりも、国の税金で「ドゥルーズの差異概念」を研究する方が「高尚」だと思っていたのである。

Francis Scott FitzgeraldはThe Great Gatsbyでこう書いている。

“Whenever you feel like criticizing any one,” he told me, “just remember that all the people in this world haven’t had the advantages that you’ve had.”

投稿者 shobota

都立高校で40年以上英語を教えている教員です。哲学や倫理に関心があります。

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