今回は、第二次トランプ政権をも動かす新反動主義の、誕生から今後の展望までを通覧する『加速主義 ニック・ランドと新反動主義』(木澤佐登志著、星海社 e-SHINSHO)の【はじめに】と【1】をご紹介します。引用は「 」で示します。
【はじめに】
まず「暗黒の啓蒙(Dark Enlightenment)」、別名「新反動主義(Neoreactionary Movement)」が何であるか、が問われます。
この思想は、シリコンバレーの技術者文化と結びついた極めて独特な政治思想で、特徴は以下の通りです。
・反民主主義・反平等主義:「一票の平等」が衆愚政治を招き、社会の質を低下させると考えます。
・国家の「企業(パッチ)」化:国家を「国民が主権を持つ場所」ではなく、有能なCEO(専制君主)が経営する「ガバコープ(政府企業)」と見なします。住民は「顧客」であり、サービスが気に入らなければ別の国へ移動(Exit)すればよいという考え方です。
・「カテドラル(聖堂)」批判:メディア、大学、官僚機構が一体となり、「平等こそが正義である」というドグマ(教義)を社会に押し付けている現状を、中世の教会になぞらえて「カテドラル」と呼び批判します。
・技術による脱出:政治改革(ボイス/発言)ではなく、AI、暗号通貨、宇宙開発といった「技術」を用いて、既存国家の支配が及ばない領域へ逃げ出すことを目指します。
・反ホイッグ史観:
「歴史は常に自由と平等に向かって進歩する」という楽観的な見方を否定し、むしろ秩序ある階層制(貴族制など)への回帰を志向します。
【1 ピーター・ティール】
第1章では、「新反動主義」の形成に寄与したと思われる人物の中から、ペイパル創業者であり、影の大統領とも言われるピーター・ティールが取り上げられます。彼の思想の根底には、フランスの哲学者ルネ・ジラール(特に『世の初めから隠されていること』)の「模倣と欲望と暴力の理論」があります。これは、「人は他者が欲しがるものを欲しがる(模倣)。その結果、同じものを奪い合う「競争」が発生し、やがて「暴力」へと至る。」という理論です。ジラールはこの連鎖を止めるために「宗教的な赦し」を説きましたが、現実主義者のティールは、「競争そのものから物理的に脱出する(Exit)」ことに解決策を見出しました。
* 「人は他者が欲しがるものを欲しがる」については、次の記事でも書きますので是非お読みください。
ティールには、ポリティカル・コレクトネス(PC)への嫌悪があります。PCとは、「社会的な差別や偏見を防ぐために、言語表現や行動の妥当性を追求すること」です。大学時代、彼はPCを「多様性の皮を被った画一的な思考停止」と激しく批判しました。彼にとってPCは、独創的な思考を阻害する「カテドラル」の武器に見えたのです。
また、ティールがペイパルを創業した背景には、デビッドソンらの著書『主権ある個人』の影響があります。この本の主な主張は「ネット空間が広がれば、国家は税金を取れなくなり、有能な個人が国家を超越する。」というものです。この本の世界観は「終末楽天主義(Apocaloptimist)」と呼ばれますが、これは、既存の秩序が崩壊する(終末)ことは、自由な個人が誕生する絶好の機会(楽観)であるという、破壊と創造を肯定する姿勢です。
ティールの独自性は、「独占」と「フロンティア」にあります。すなわち、通常のリバタリアン(自由至上主義者)が「自由競争」を尊ぶのに対し、ティールは「競争は負け犬がするものだ」と断じます。ティールは「他者が真似できない「0から1(Zero to One)」の跳躍を行い、競争のない市場を独占すること」を重視します。そして、競争だらけの既存社会ではなく、まだ誰もいない未開のフロンティア(サイバースペース、宇宙、海の上)に価値を見出します。ティールのExitは、国家や政治から始まり、単なるビジネスの枠を超えて「人類のあり方」へと向かうのです。
ティールはExitするために、ブロックチェーン技術を用います。この技術は、一言で言えば「改ざんが極めて困難な、分散型の台帳(記録)管理技術」です。ティールはこれを用いて、既存の国籍に縛られない仮想の国家機能(ビットネーション)を構築を試みますが、やがてサイバー空間を副次的なものとみなすようになりました。
そこで彼は現実の世界で「海上入植(Seasteading)」 を構想するようになります。これは、どこの国の主権も及ばない公海上に人工島を作り、新しい社会を築く構想です。これはアイン・ランドの小説『肩をすくめるアトラス』に登場する、天才たちが社会から隠れ住む理想郷(ガルト・ガルチ)の現実版と言えます。アイン・ランドの思想を一言で表現するならば、「理性的利己主義(Rational Self-Interest)」、あるいは彼女自身が命名した「客観主義(Objectivism)」と言えます。彼女の思想の根底にあるのは「自らの力で価値を創造し、自立して生きる人間」への強い賛美と、集団主義による個人の圧殺に対する激しい拒絶です。
ティールにとって究極の敵、それは「死」です。政治や国家から脱出しても、人間である限り「死」からは逃げられません。しかし、ティールにとって、死は「不可避の運命」ではなく「解決すべき技術的課題」です。そこで彼は「トランスヒューマニズム」を目指します。つまり、テクノロジーによって肉体の限界を超え、シンギュラリティ(技術的特異点)の先で不老不死や知能の増幅を目指すのです。
ティールがこう考える背景には、人類が地球環境を決定的に変えてしまった「人新世」という時代認識があります。「人新世とは、「人類の活動が、地球の地質や生態系に決定的かつ不可逆的な影響を与えるようになった新しい地質年代」のことです。ティールには、「このままでは人類は絶滅、あるいは停滞する」という強い危機感(切断線)があります。その「終わり」を回避するために、一部の先鋭的な知性が技術を加速させ、次元の異なる存在へと進化・脱出(Exit)しなければならない、という一種の選民思想的な救済観が彼の行動を支えているのです。
さてピーター・ティールを紹介してきましたが、正直に告白しますと、彼の思想と私の考えていることはかなりの点で一致しています。しかし、だからと言って私はトランプをまったく支持しません(どころか、トランプは大嫌いです)が。
たとえば私は、民主主義に代わってアリストクラシー(貴族政治)とソフィストクラシー(賢人政治)に戻った方が良いのではないかと以前から真面目に考えていました(今でも考えています)。アリストクラシーとソフィストクラシーは、歴史的・哲学的に非常に密接な関係にあります。古典的な意味でのアリストクラシーは、賢人政治をその理想像として内包しているのです。
しかし、現代ではこの二つは区別されることが一般的です。現代において、アリストクラシーの本来の理想(能力のある者が統治する)に近い概念は、メリトクラシー(能力主義)です。しかし、これが固定化されると、かつてのアリストクラシーが陥ったような「特権階級の固定化」を招くという批判もあります。結局誰が「賢人」で、何が「能力」であるかという〈定義〉の問題が残るのです。
PCの概念が大切なことも分かりますが、一方ティールの言うようにPCが一種の「思考停止」に陥る危険性も否めません。「平等」や「ケア」は重要な概念ですが、それを唱えただけでは、かえって人から考える自由を奪い「抑圧的に」なる可能性も秘めているのです。
「ビットネーション」や「海上入植」については考えたことはありませんでしたが、もし自分が1980年代にスタンフォードに在籍していてITの知識や投資家としての才能があったならば、思いついたかもしれません、あくまでも仮定の話ですが。(次回以降述べると思いますが、Exitという思想はドゥルーズ=ガタリの「逃走線」にも影響を受けているのだと思います。)
要するに何が言いたいかというと、ピーター・ティールを「トランプを陰で支える狂気の人物」と捉えるのは間違っているということです。「新反動主義」に賛成するか否かを問わず、現代に生きる私たちは「新反動主義」が生まれる土壌となる矛盾や抑圧の世界を生きており。それゆえ誰でもある部分は、「新反動主義」の要素を内包しているのではないでしょうか。