「義務論」を意味する deontology という言葉は、ギリシア語の2つの単語を組み合わせて作られた学術造語です。
deon(デオン)はギリシア語で「義務」「なされるべきこと」を意味します。
-logy(ロジー)はギリシア語の logos(言葉・論理)に由来する接尾辞で、「〜学」「〜論」を意味します。

この言葉を最初に作ったのは、18〜19世紀のイギリスの哲学者・経済学者であるジェレミ・ベンサム(Jeremy Bentham)です。彼は1814年頃にこの単語を考案しました。(著作自体はベンサムの死後、1834年に編者ジョン・ボウリングによって出版されました。)

ここで面白いのは、ベンサム自身は「功利主義」の創始者であり、「義務論」の代表者ではない、という点です。ベンサムは、私的な道徳や義務の体系を科学的に整理するための言葉として「deontology」という一風変わった造語を用いました。

この言葉が、現在のような「功利主義と対立する倫理学の用語」として定着したのは、20世紀に入ってからです。哲学者C・D・ブロード(C. D. Broad)が1930年の著書『 Five Types of Ethical Theory(倫理理論の五類型)』で、行為の正しさを「結果(帰結)」で判断する立場(Teleology / 目的論・帰結主義)と、行為そのものの「義務や性質」で判断する立場(Deontology / 義務論)を明確に区別して使うようになりました。これが現代の倫理学の標準的な枠組みとなっています。

ちなみに、義務論の代表者として知られるイマヌエル・カント自身は、ドイツ語で哲学を書いたため「deontology」という言葉自体は使っていません(彼は Pflichtenlehre =義務論/義務哲学 という言葉を使いました)。のちに彼の思想が英語圏で分類される際に、この deontology というラベルがぴったり当てはめられたという経緯があります。

deon と duty(「義務」) は同語源ではありません。

deon は、古代ギリシア語の動詞 dei(〜する必要がある、〜せねばならない) の現在分詞形(deon = なされるべきこと)に由来します。この dei という動詞のさらに古い印欧祖語のルーツは、「縛る」「結びつける」を意味する deh₁- だと考えられています。つまり、根底にあるのは「(規範やルールによって)人間を縛るもの」というニュアンスです。

一方で duty は、英語の due(支払われるべき、当然の) に名詞を作る接尾辞(-ty)がついたものです。この due のルーツを遡ると、古期フランス語の deu を経て、ラテン語の動詞 debere(債務がある、借りがある) に行き着きます。さらにこの debere は、「離れて(de-)」と「持つ(habere)」が合体したもので、「他人から預かったものを手元に持っている」という、経済的な借金や債務を意味する言葉でした。つまり、duty の根底にあるのは「(受けた恩義や負債を)相手に返さなければならない義務」というニュアンスです。

では、「功利主義(utilitarianism)」という言葉を最初に用いたのは誰でしょうか。面白いことに、この語を最初に用いたのもベンサムです。ベンサムは1789年に公刊される主著『道徳および立法の諸原理序説』を執筆中、1781年の時点で、自身の思想を指す言葉として utilitarian(功利主義の、功利主義者)という単語を私的な手紙の中で考案しました。ただし、ベンサム自身は生前、この言葉よりも、「最大幸福原理(Greatest Happiness Principle)」という表現を好んで使っていました。

この言葉を世間に広く流行させ、思想的な「学派」の名称として定着させたのは、ジョン・スチュアート・ミル(John Stuart Mill)です。ミルが1861年に雑誌連載し、1863年に単行本として出版した『功利主義』(Utilitarianism)という直球のタイトルの著作によって、この言葉は倫理学・政治哲学の決定的な用語として世界中に定着することになりました。

「両方ともベンサムが名付け親」というのは、哲学の歴史における非常に面白いパラドックスのように思えますが、正確に整理すると、「言葉(単語)を最初に作ったのはどちらもベンサムですが、現代の『義務論 vs 功利主義』という対立構造を作ったのは別の人」ということになります。

のちの哲学者たち(20世紀初頭・C・D・ブロードなど)は、「倫理学を分類するのに、ベンサムが作ったあの言葉(deontology)が便利そうだ。カントのように『結果に関係なく、義務そのものを重視する立場』のことを、これからは『deontology(義務論)』と呼ぶことにしよう」と考えました。この再定義によって、ベンサムが作った言葉であるにもかかわらず、「ベンサムの思想(功利主義)に最も激しく対立する思想」のラベルとして deontology が使われるという、歴史的な大逆転が起きました。

しかしながら、C・D・ブロードという哲学者自身の名前は、カントやベンサム、ミルに比べて一般にはほとんど知られていません。この「功績の割に知名度が低い」という現象には、彼の学問的スタイルや、当時の哲学界のトレンドが大きく関係しています。彼は、「分類と整理の天才」であり、独自の派手な新理論を作りませんでした。そのスタイルは極めてアカデミックで、一般大衆受けするようなドラマチックな要素が少なかったと言えます。

ブロードは、自ら新しい宗教や道徳を説くような予言者タイプの哲学者ではありませんでしたが、彼がいなければ現代の私たちは「カントとベンサムの何が本質的に対立しているのか」をこれほどクリアに議論できていなかったはずです。まさに「哲学界の偉大なる名裏方」と言える存在です。

投稿者 shobota

都立高校で40年以上英語を教えている教員です。哲学や倫理に関心があります。

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