今回は、ニーチェ『道徳の系譜』(または『道徳の系譜学)(1887年)を扱います。

引用しているのは『道徳の系譜学』(光文社古典新訳文庫、中山元訳)です。その他に『道徳の系譜学に向けて』((講談社学術文庫 、須藤 訓任訳)を参照しています。

この序論でニーチェは、私たちが自明のものとして受け入れている「道徳の価値」そのものを歴史的・心理学的に疑う(これを「系譜学的な問いを立てる」と呼んでいます)にいたった動機と、本書の本質的なアプローチを提示しています。

以下は、第1節から第8節までの要約です。要約の後の*は、訳書のわかりにくい部分を考察した部分です。

第1節:自己への無知

私たちは自分自身のことを何も知らない。なぜなら、私たちは自分自身を探し求めたことがないからである。私たちは常に外的な知識や経験の「獲得」に忙殺されており、自分という最も近い存在に対しては、魂が不在であるかのように、ただ時間をやり過ごしている。私たちは根本的に、自分自身にとって「理解者」ではないのだ。

* 第1節の「(蜂蜜を)巣箱に持ち帰る」という表現は、「自分の外側で得た知識や経験、財産などの収穫を、ただ自分のなかに貯め込むこと」の比喩です。

ニーチェは知識人や現代人を「羽のある生き物」や「蜜を集める蜂」に例えています。私たちは日々、外の世界を飛び回り、精神的な蜂蜜(=新しい知識、経験、客観的な事実、世間的な成功など)を熱心に集めては、それを自分の「巣箱(=記憶や知識のストック)」に持ち帰ることに必死になっています。

蜜を運ぶ蜂は、ただ本能的に作業を繰り返すだけです。それと同様に、現代の知識人もまた、得られた経験や知識をじっくりと消化・吟味して自己の血肉にする(=「反省する」)ことなく、ただ「巣箱に貯める(知識を増やす)」という行為そのものに満足してしまっている、と指摘しているのです。

* また、「後になって鐘の音を数え直す」という比喩は、「体験しているその瞬間には何も気づかず(無意識に通り過ぎ)、後になってからようやく『あの時、何が起きていたのか』を頭のなかで慌てて反省・計算しようとする営み」を指しています。

ニーチェはここで、正午の鐘が12回鳴り響く例を挙げています。何かの作業に没頭している人は、鐘が鳴っている最中(=体験の真っ只中)にはその音にまったく気づきません。そして、最後の12回目の音が鳴り終わった後にようやくハッと我に返り、「いま何回鳴ったのだろう?」と、記憶を遡って「後から数え直す(計算する)」ことになります。

私たちは日々、さまざまな出来事を経験していますが、外的な知識の獲得や日常の忙しさに追われるあまり、その体験の本質を「いま、ここ」で生々しく、深く味わうことができていません。私たちの意識は、常に体験から一歩遅れて作動しています。いわば体験が「不在」なのです。

私たちは自分の人生における決定的な体験(例えば、道徳的な感情が芽生えた瞬間や、価値観が揺らいだ瞬間)に対して、常に「後知恵」でしかアプローチできません。後から「あれは一体何だったのか」「自分はそこでどう生きたのか」を必死に耳をすませて数え直そう(反省しよう)としますが、それでは自分自身の本当の姿に追いつくことはできないのです。

第2節:道徳の起源への問いの始まり

私(=ニーチェ)の本当の関心は「私たちの道徳的偏見の起源」にある。これは私が13歳から抱き続けてきた問いである。かつて私はその起源を「神」に求めたが、やがて歴史や心理学の訓練を経て、「人間がどのような条件のもとで、あの善悪の価値評価を考案したのか」という、人間的な起源へと問いが移行していった。

* 「わたしたちはいかなることにおいても、個別的なものであることを求める権利はない」という一節は、「自分の思想や問い(道徳への疑い)は、ある日突然思い浮かんだ個人的で気まぐれな思いつきではなく、自分という存在の根底から、ひとつの必然的な『体系』として湧き上がってきたものである」という意味です。

ニーチェは、自分のなかにある問いや価値判断を、木に実る「果実」に例えています。木が成長すれば、幹や枝、根が一体となって、ひとつの決まった果実を実らせます。それと同じように、彼の思想も、彼の内面にある「ひとつの中心的な意志(認識への意志)」から、必然的に生み出されたものです。したがって、あるひとつの問いだけを「孤立したもの(個別的なもの)」として取り出すことはできず、それらはすべて体系的に根底でつながっています。

「個別的なものであることを求める権利はない」の「権利はない」という強い言葉は、「思想家が、その日の気分や個人的な趣味嗜好、あるいは感情的な思いつきで勝手なことを主張してはならない(それは認識者としての不誠実である)」という自己規律を意味しています。「私はこう思う」というレベルの個別的・私的な意見ではなく、自らのなかに流れる一貫した必然性の命令に従って語るべきだ、ということです。

この言葉の直後、ニーチェは自分が13歳の頃に「悪の起源」について神を相手に思考していたエピソードを明かします。少年の頃の未熟な問いと、現在の成熟した「系譜学」の問いは、形を変えながらも根底では同じ「認識への意志」から発しています。時代や年齢、表現方法が違っても、それらはすべて「同じひとつの木」から育った果実であり、バラバラの個別的な出来事ではないのです。

第3節:最初の思索と『人間的な、あまりに人間的な』

私のこの固有の問い(道徳の価値への疑い)は、最初の著書『人間的な、あまりに人間的な』において初めて公に表現された。当時はまだ未熟で不器用な表現であったが、そこで提出された思想の本質は、本書(『道徳の系譜』)にまで一貫して流れている。それは、道徳の成立を歴史的な冷徹さで解剖する試みであった。

* 「それこそが、新しく、反道徳的な、いや少なくとも非道徳的な「アプリオリなもの」であり、そこから、あまりにカント的で、謎めいた「定言命法」が語るのではなかったろうか。」という一節は、カント哲学の専門用語をあえて使いながら、ニーチェは「私が少年時代に抱いた道徳への疑いは、カントが言うような『神聖な道徳法則』などではなく、実は道徳を解体するような『不気味な本能』から命じられていたのだ」ということを語っています。

哲学者イマヌエル・カントは、人間には経験に先立って備わっている、絶対に絶対に従わなければならない無条件の道徳法則があると考え、これを「定言命法」と呼びました。カントにとって、この命令の背後には「神」や「理性の尊厳」がありました。しかしニーチェは、13歳の少年だった頃に、まさにこのカント的な「理性の命令」のような形式で、自分自身の内奥から「悪の起源を探求せよ!」という強烈な命令(定言命法)を聞いた、と言うのです。

カントの定言命法は「道徳的」な行動を命じるものでしたが、少年のニーチェに語りかけてきた命令は、まったく逆のものでした。それは、世間が自明としている道徳の根拠を疑い、暴き、解体しようとする「反道徳的・非道徳的」な認識への衝動です。ニーチェは、この「道徳を疑おうとする冷徹な本能」こそが、自分の経験に先立って(アプリオリに)魂の根底に組み込まれていた思想的宿命だったのだ、と振り返っています。

第3節のこの部分の直前で、ニーチェは13歳のときに「悪の起源は神にある」という論文を書いたエピソードに触れています。当時はまだ子供だったため、自分のなかから湧き上がる不気味な命令(アプリオリなもの)に対して、「神」というお仕着せの答えを与えて満足していました。

この一節でニーチェが言いたいのは、次のようなことです。「あのとき私のなかで『謎めいた定言命法』として響いていたのは、実は神の声などではなかった。それは、いずれ成長して『道徳の価値そのものを解体する(反道徳的な)系譜学』へと行き着くことになる、私自身の冷徹な認識の意志(本能)の叫びだったのだ」

第4節:パウル・レーへの批判と「系譜学」の必要性

私の友人であったパウル・レーの書物(『道徳的感覚の起源』)を読んだことが、私のなかの問いを決定的に刺激した。彼の本は「間違ったアプローチ(イギリス風の心理学)」で道徳の歴史を説明しようとしていた。道徳の起源を明らかにするには、机上の空論ではなく、実際に存在した「道徳の記録、文書、人間が実際に生きてきた過去」という広大な歴史の現場に向かわなければならないのだ。

第5節:真の問題――「道徳の価値」そのものの吟味

これまで人々は、道徳の「起源」について議論することはあっても、「道徳の価値」そのものを疑うことはしなかった。特に利他主義、同情、自己犠牲といった「善の価値」は、人類の進歩のための自明の真理とされてきた。しかし私は、まさにこの「同情の道徳」こそが、人類の活力を奪う最大の危険(ニヒリズム)の兆候であると見抜いたのだ。

第6節:新しい要求――「価値の価値」への批判

いまや私たちには「新しい要求」が突きつけられている。それは、道徳的価値そのものの価値(価値の価値評価)を一度吟味し直すことである。道徳は人間の生存を「促進」してきたのか、それとも「阻害」してきたのか。もし、いわゆる「善人」が人間の可能性を矮小化し、未来を去勢する原因であるとしたら、道徳こそが人類最大の危機(進歩の足を引っ張るもの)かもしれない。

* 第6節で提示されている「道徳の価値」と「道徳の価値の価値そのもの」という表現は、本書『道徳の系譜』の最も核心的なブレイクスルーを示す言葉です。これら2つの違いは、「道徳の枠組みの『内側』で善悪を語るか」、それとも「道徳という枠組み『そのもの』を外側から審判するか」という、問いの次元の違いにあります。

「道徳の価値」とは、私たちが日常的におこなっている「ある行為が、道徳的に見て価値があるかないか」という問いです。これまでの哲学者や宗教家、そして一般の人々は、あらかじめ決められた道徳のルール(例えば「利他主義は善」「利己主義は悪」など)を前提として生きてきました。その前提に立って、「どうすればもっと善く生きられるか」「あの行為は道徳的(あるいは不道徳)か」と議論すること、これが「道徳の価値」を問うということです。ここでは、「道徳のルールそのものは正しい」ということが自明のこととされています。

ニーチェが「新しい要求」として突きつけたのは、その大前提そのものを疑う問いです。つまり、「私たちが『善』と信じているその道徳は、人間の生にとって本当にプラスになっているのか?」という、道徳を評価するための「物差し」そのものの価値を評価し直す試みです。これが「価値の価値(価値の価値評価)」という意味です。具体的には、以下のような「逆転の疑念」を抱くことを指します。

・これまで最高のものとされてきた「同情」や「自己犠牲」の道徳は、実は人間の生命力を弱らせ、人類を去勢していく「阻害要因」なのではないか?
・逆に、これまで「悪」とされてきた強い情熱や利己心こそが、人類をより高い段階へと押し上げる「促進要因」なのではないか?

第7節:文献学者としての目と歴史への招待

この問いに挑むには、単なる思索ではなく、人類が用いてきた「価値の記号言語(シンボリズム)」を解読する、文献学的な視力が必要である。道徳の歴史は、決して退屈なものではなく、むしろ驚きに満ちた興味深いものなのだ。私は、これまで誰も見ようとしなかった、この「道徳の実際の歴史」という広大な未開の地に、知的な読者たちを招待したいと考えている。

* この節で出てくる「とりとめのないイギリス風の仮説」とは、19世紀当時、イギリスを中心に流行していた「進化論的・功利主義的な道徳起源論」のことを指しています。具体的には、ニーチェの友人でもあったパウル・レーや、ハーバート・スペンサーといった思想家たちが展開した、おめでたい(とニーチェがみなした)道徳心理学への強烈な皮肉です。

「イギリス風の仮説」が主張する者たちは、チャールズ・ダーウィンの進化論などを応用して、道徳の起源を以下のように「合理的」に説明しようとしました。

・かつて、ある人が他人のためになる行為(利他行動)をした。
・それをされた人々が「これは便利だ、役に立つ(有用だ)」と感謝し、その行為を「善」と呼ぶようになった。
・長い歴史の中で、人々は当初の「役に立つから」という理由を忘れ、ただ盲目的に「利他主義=無条件に善いこと」と思い込むようになった(習慣化・遺伝)。

ニーチェに言わせれば、この説は「歴史の現実をまったく見ずに、机の上の妄想(青空)から都合よくでっち上げた綺麗事」にすぎません。ニーチェの調査(言語の歴史)によれば、最初に「善」という言葉を使い始めたのは、利他行為の恩恵を受けた「弱者(感謝した人々)」ではありませんでした。本来は、力や権力を持つ「強者・貴族」たちが、自分たちの優れたあり方を自画自賛するために「我々は善(優れている)だ」と言ったのが始まりです(第1論文で詳述されます)。

イギリスの心理学者たちは、「有用性」が忘れ去られて「無条件の道徳」になるというお気楽な進化を信じました。しかしニーチェは、そんな生ぬるいものではなく、弱者が強者に対して抱く激しい嫉妬やルサンチマンという、もっとドロドロした精神の闘争(反乱)によって道徳が逆転したのだと見抜いていました。

第8節:格言(アフォリズム)の解読という難題

本書(『道徳の系譜』)のなかの記述(特に第3論文)は、私の過去の著作『ツァラトゥストラ』の格言の解説という形をとっている。私の文章が難解に感じられるなら、それは現代人が「読むという芸術」を忘れてしまったからだ。私の思想を理解するためには、現代風の速読や消費ではなく、牛のようにじっくりと「反芻」する態度が必要なのだ。

* 第8節にある「読んだ後に解釈を始める必要がある(読了した後に、はじめて解釈が開始されねばならない)」という一節は、ニーチェが読者に対して「私の文章を単に情報として消費(速読)するな。書かれていることの『意味』を、自分の生と結びつけて能動的に掘り起こし続けよ」と要求している言葉です。

ニーチェによれば、彼の書物(特に本書の構成)は、一度通読しただけで「なるほど、わかった」と言えるようなシロモノではありません。この言葉の背景には、彼の独自の執筆スタイルと、現代の「読者」への強い不満があります。

第8節でニーチェ自身が明かしているように、本書(『道徳の系譜』)の各論文は、彼が過去に書いた『ツァラトゥストラはこう語った』の中の「格言(アフォリズム)」を自ら展開し、注解する形をとっています。特に第3論文は、ひとつの短い格言が冒頭に掲げられ、その後の長い文章全体が「その格言が本当は何を意味していたのか」を解き明かす、ひとつの壮大な「解釈の模範演技」になっています。つまり、文字を追って読み終えた段階は、スタートラインに立ったにすぎません。読者は、ニーチェが展開した思考のプロセスをなぞりながら、「では、なぜ彼はその結論に至ったのか?」を、読んだ後に自分自身でさらに「解釈」し直さなければ、本質に到達できない構造になっているのです。

ニーチェは、現代人が新聞を読むように「ただ知識を得るため」に本を読む悪癖を激しく批判しています。彼にとって、真に本を読むということは受動的な作業ではなく、ひとつの「芸術(技術)」です。書かれたテキストは、それ単体で完成した答えを差し出してくれるわけではありません。読者が自らの知性と経験を総動員し、言葉の行間にある心理的な意図や、歴史的なニュアンスを能動的に「解釈」して初めて、テキストは真の姿を現します。

この言葉の直後、ニーチェは有名な「牛のように反芻すること」という比喩を使っています。牛が一度飲み込んだ草を胃から口に戻して何度も噛み砕くように、読者もまた、読み終えた文章を心の中で何度も反芻し、じっくりと時間をかけて消化(解釈)しなければなりません。

投稿者 shobota

都立高校で40年以上英語を教えている教員です。哲学や倫理に関心があります。

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