(前回の続き)
大学院(語彙認知研究)には結局46歳から51歳まで在籍していました。修士の1年目だけ職場を離れて研究し、残りの4年は週に1~2回休みの日や勤務後に大学に通うという日々が続きました。

修論書いた後勢いで博士課程へ進学し、海外の大学で発表したりもしましたが、そもそも英語教育にそれほど深い学問的情熱が持てず(すみません)、自分はただ「学歴」を得て何かに利用したいだけなのではないかと思いました。何か重要なものが自分から失われていました。大学院生活はある意味で挫折体験であったのです。

その後も進学校での仕事に追われ(いや大して働いてないですが)、多少の介護やその他にも追われ、次の学校に異動した頃には50代も半ばになっていました。はっきり言って仕事上ではもはや未来のない年代です。

僕の仏教に関する関心は〈宗教〉ではなく、〈マインドフルネス〉という瞑想の技法に移っていました。一方で「認知の歪み」を正すべく、 Aaron Beckから D. Burnsにいたる〈認知行動療法〉の本を探したりしていました。

また、ある日突然「ロマネスク建築」を究めたくなり、金沢百枝先生の『キリスト教美術を楽しむ』講座に通い始めました。もともとフランスの修道院巡りなど好きだったのですが、その頃はテンペラ画や金箔の実演も見学し、老後は美大に通って「工芸」を究めたいと思っていました。「観念」よりも「鉱物」や「石材」などのマテリアルの方がより確固たるものに思えていたのでしょうか。しかし結局美の世界に安住することもできませんでした。自分には本質的に美のセンスが欠けているし、そもそもキリスト教美術はアイコンの「解読」( iconology)でした。

気がつくと年齢も60歳に近づいていました。定年後どうするか(とりあえず再任用という形で同じ職場で継続となりました)、再任用後はどうするか(これも現在いまだに同じ職場におります)、あれこれ考えを巡らせていました。そういえば、自分への約束「60になっても哲学に取り組めなければ、いっそのことすべての哲学書を売り払って哲学と訣別してしまおう」はどうなったのか、〈哲学をやるかやらないか〉の選択に迫られていました。

そんな頃61歳の春にコロナのパンデミックが起きて、世の中はオンラインだらけになりました。
その頃何年か続けて夏に海外一人旅していましたがそれもかなわず、私はそのお金を哲学書を買うことに使い始めました。そう決意したというより、自然にそうしていました。

パンデミック自体も自分の哲学の対象になりました。たいがいのことが失われた時に自分に何が残るか、自分の核とは何か、倫理的に生きることは可能か、、、。

『英語で読む倫理』を掲げていながら、自分のことばかり語りすぎました。次回からはいよいよ英語で書かれたり話されたりしたものについて書いていきたいと思います。

英語を少しずつ引用しながら感じたことを書いていくつもりですが、わからないところは立ち止まったりするので毎日更新はできないかもしれません。長い目でお付き合いいただければ幸いです。

投稿者 shobota

都立高校で40年以上英語を教えている教員です。哲学や倫理に関心があります。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です