今回は、『使うための英語』(瀧野みゆき、中公新書)(リンク)の【序章】と【第1章】ををご紹介します。
ふだんの哲学系の新書は、「わからない部分を逐一解明していくスタイル」ですが、英語系の新書に関しましては、現在英語を教えており英語教育を大学院で学んだ私の目から見て気になった部分だけを取り上げてコメントしていきます。細かい部分に関しましては、直接本書を購入し、手に取っていただければと思います。「 」は原則引用部分です。
(ただし引用でなくても、「ELF」のように、ある用語に「 」を使用することがあります。)
なお*の後は、著者とは異なる私の個人的な「意見」「感想」や「研究」です。
【序章 ELFを概観する】
まず、本書で取り上げる英語をEnglish as a Lingua Franca「共通語としての英語」とした上で、ノンネイティブをlerners(学習者)ではなく、「ELFユーザー」ととらえます。学習してから英語を使うのではないのです。この指摘はさらっと書かれていますが、英語学習における「コペルニクス的転回」(大げさかな)です。
* ELFは必ずしも「ポジティブ」「楽観的」という価値判断を前提にした概念ではありません。ELFは、英語が国際的な相互理解のために実際どう使われているかを記述的に扱う立場で、母語話者の規範よりも通じ合うことを重視する点が特徴です。
つまり「英語が世界共通語であることを肯定する思想」というより、「その現象をどう分析し運用するか」を問題にする枠組みに近いです。
次に、ELFの概念がが言語学研究の歴史の中でどう変化してきたかが述べられ、カチュールのWorld Englishes(以前このサイトでも取りあげました。(リンク))、クックの「マルチコンピタンス」、ブロマートの「言葉のレパートリー」などの考え方が紹介されます。
この章で「なるほど」と思った1文を引用します。
「ELFとは、英語のレベルの区別ではなく、英語の使われ方の区別である。」
【第1章 ELFユーザーとして、ELF発想を考える】
最初にELFの現場で英語を使う数人のELFユーザーの具体的な事例が紹介されます。(ここでは省略します。)
次に、彼らのの視点から、「ELFの特徴」が以下のようにまとめられます。
1 目的をかなえるための英語
2 多様な相手と多様な英語
3 多言語と多文化が織り込まれた英語
4 偶発的で、流動的で、柔軟な英語
5 不平等で不条理な英語
4の偶発的とは、「その場に居合わせたメンバーによって会話の英語が変化すること」を示します。
5に関しては私が前回指摘した点とも重なります。歴史的にも現在においても英語使用にまつわる不平等・不条理は現にあると言う事実を確認しておくことは、きわめて大切です。
この章の後半では、「ELF発想の英語力をつける5つの「作戦」」が紹介されますが、これも省略します。この中でいわゆる「英語脳」と呼ばれるものは存在しない、と書かれているところに興味をひかれました。どのレベルのバイリンガルも「英語脳」ではなく「マルチリンガル脳」なのであって、英語だけですべての言語活動が完結するような脳の回路は、専門家の間でもまったく認められていないのだそうです。
*実証研究では、バイリンガルは状況に応じて複数の言語資源を動的に選択・抑制する「言語制御」のメカニズムが働くと説明され、特定言語専用の脳ではなく柔軟な多言語処理システムとして捉えられます。したがって、「英語脳」よりも「マルチリンガルな認知制御」の方が学術的記述に近いです。