高校3年生コミュニケーション英語Ⅲの授業の教材〈Cutting Edge Orange〉Chapter13に
Progressive campanies are embracing ”enterprise social networks” to…..
という文があります。ここにおけるembraceは当然「受け入れる、採用する」という意味です。ケンブリッジ英英の定義ですと、to accept something enthusiasticallyですので、「受け入れる」といっても能動的なニュアンスですね。一方、embraceには「抱きしめる」という訳語もあります。同英英では、to hold someone tightly with both arms to express love, liking, or sympathy, or when greeting or leaving someoneとなっています。
私にはそんなハグの対象はもはや犬しかいませんが、それはさておきここで連想されるのがかの有名なJohn W. DowerによるEmbracing Defeat: Japan in the Wake of World War II です。この本は戦後日本が苦難から復興する様子を、豊富なヴィジュアル資料で描いた名著ですが、この本のタイトルの日本語訳が『敗北を抱きしめて』になっています。
普通に何も考えずにこの本のタイトルを翻訳すれば『敗戦を受け入れて』くらいになるところを、「抱きしめて」と訳した意図は何かと言うと、民衆は敗戦を無意識のうちに待ち望んでいたということです。ですから民衆は敗北を抱きしめ、一夜にして〈鬼畜米英〉だった相手は〈マッカーサー様〉になってしまいました。そしてそのアメリカに媚びた精神構造は、なんと現在まで継続しているのです。
ここで「無意識に」という点が重要です。戦時下の日本人のほとんどは敗戦を望んではいなかった。たとえ薄々と敗戦が忍び寄るのを感じ取っていたとしても、です。相手のことを愛しているつもりでも無意識のうちに別れを望んでいるような、このようなアンヴィヴァレントな心理状態をどう名付ければよいのでしょう。
そしてこの「無意識への抑圧」は今まさに逆のベクトルを向き始めているように思えます。アメリカに対するの本の民衆の態度は accepting the status quo with reluctanceなのですが、そのことを皆無意識化のうちに抑圧しているように思えます。