私は哲学や倫理学については初学者です。あるいは哲学や倫理学を「遠くから眺めて」生きてきました。ですから皆さんに伝えるべき知識などなく、一緒にここで学んでいきたいと思っています。(間違いがありましたら、どんどん指摘していただきたいと思います。)
また公教育(マスコミもそうですが)にかかわる者として、特定の思想や政党をこの場で支持することもありません。当然文章の端々から(あまり大したことのない)考え方のようなものは露呈してしまうと思いますが。
ところで、哲学や倫理学について何か書く場合、抽象的な内容だととても書きやすいです。誰もが好きなように語れるからです。ところが話が具体的になり、いわゆる「政治的な」話題になると、とたんに書きにくくなります。
よく、「お酒の席で出してはいけない話題は〈政治〉〈宗教〉〈応援している野球のチーム〉」と言われますが、なぜ〈政治〉の話はタブーなのでしょうか?(もちろん同じ考えが集まった会合では、〈政治〉の話で楽しくお酒が飲めるかもしれません。そうではなくて問題は不特定多数の人間が集まった場合です。)
人間と言うものは(本人の能力に関係なく)「自分が絶対に正しい」と思い込んでいます。これは裏を返せば、「こんなことがわからない他人は無知である」と考える傾向があります。
その後にやってくるのは「無知な人に〈本当のこと〉を伝えなければならない」という《啓蒙活動》です。
自分と違う考えの人が「考えが違う」あるいは「自分よりも理解している」という想像力なしに、「自分より劣っている」「こんなこともわからないのか」と考えてしまうこと、さらに言えばそう考えていることさえも自覚できないこと、これが「政治的話題」における最大の問題のように思えます。
ここで逆のことを言います。
お酒の席では今述べた通りなのですが、本当の哲学的な議論は「自分と意見の異なる人たちと議論すること」だと思います。一方的に《啓蒙》しようというのは最も哲学からかけ離れた態度だと思うからです。自分の立場も危うくなるかもしれないところへ身を置くことで、より議論はcriticalになります。ですから私は「党派性」が好きではありません(・・・というのも一つの立場ですね、笑)。