西尾幹二が亡くなりました。

彼が『新しい歴史教科書をつくる会』を結成した右翼の論客だからと言って、すぐさま拒絶してしまうのは、およそ哲学的行為とは言えません。年寄りが頭がカタいのは(自分も含めてですが)細胞が老化しているのでもはやどうしようもないですが、若い人にも「人間や物事を右/左、善/悪、味方/敵に二分して、自分の意見とは逆の立場をまったく理解しようともせず断罪してしまう人」が多いように思えます。これは「純粋」なのではなく「単純」なのであって、「ぶれない」のではなく頭が「硬直している」のです。

ここで話は脱線しますが、「最右翼」という表現がありますが、考えてみれば変な話です。地球上で最北の地を決めることはできますが、地球上で一番右の土地を決めることはできません・・・そもそも政治的な主張がなぜ「左右」で表現されるようになったのか(これはなぜか英語でもそうですが)、それ自体考察するのに面白そうなテーマではあります。一説によると右翼・左翼の語源はフランス革命に遡るそうで、国王の権力を〈維持したい勢力〉と〈制限したい勢力〉が議場の左右に座ったことが起源だそうです(が真偽についてはわかりません)。

さて、私自身は右翼でも左翼でもありません。
西尾幹二の政治的言説には関心がなかったらしく、本棚に眠っている(とりあえず発見できた)のは『人生について』、『ニーチェとの対話』、『ニーチェ第1部』、『ニーチェ第2部』の4冊で、『国民の教科書』その他政治的な本は一切見当たりませんでした。例によって買ってあるだけで、さほど熟読しているわけではありませんが、この機会に少し引用して追悼してみようと思います。

『人生について』の〈教養について〉から。

「(秀才然とした博識家たちは)自分が一日本人として何のために、どのような動機で外国研究に向かうのかという、最も初歩的な、しかしまた最も根源的な問いをわが身に発することだけは避けているのである。否、そういう問いを発する内的必然性さえ彼らは感じない。」

私もかつてフランス現代思想に手を染めて?いたので、自戒の意味も込めて書きますが、外国語、外国文化を研究する者はすべてこの原点が強固なものでない限り、いくら博覧強記であっても意味をまったくなさないです。フランス、ドイツ、アメリカ、中国、チェコ、ビルマ、ベトナムどこでも良いのですが、その語学・文化・哲学・思想・文学etc.を〈あなた〉が勉強する〈必然性〉とは何なのでしょうか。

『ニーチェとの対話』においても同じ問題が、ニーチェに託して語られています。

「彼(二―チェ)は学問に対し学問以上のものを求めていたのだ、と言いかえてもよい。対象を単に観照するだけの、静的で、冷淡な交渉では、対象の核心をつかまえることは出来ない。ギリシア文化を知るには自らがギリシア人のように生活するのでなければならない。(中略)彼は不可逆な時間を逆転させて、過去をいわば行為する。通常の時間観念では捉えられない「永劫回帰」説における運命愛の方式は、彼の学問体験と密接につながっていたのである。」(原文では「生活」と「行為する」に傍点あり)

文春オンラインのインタビューのリンクも貼っておきましょう。

投稿者 shobota

都立高校で40年以上英語を教えている教員です。哲学や倫理に関心があります。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です