「ガザにおける虐殺はけっして許されない!」これはまぎれもない真実です。
人間ならば誰でも、何の罪もない民衆が虐殺されることに心の痛みを覚えます。
世界中でイスラエルの軍事行動を中止させるべく、デモや集会が行われています。SNS上でも若者が抗議の声をあげています。そのことに私は人間としての良心を感じますし、積極的にコミットしている人たちを美しいと思い、尊敬もしています。
しかし、それらの運動にもかかわらず、情勢は悪化の一途をたどっています。
それはいったいなぜなのでしょうか。これは容易には答えの出ない問題です。
しかしマスコミやSNSに躍らせれることなく、自分の頭で考えようとすることは大切です。
もちろん、イスラエルが「出エジプト」から「バイロン捕囚」を経て離散していく悲劇と、1948年のイスラエル建国に伴いパレスチナ民が離散していくというもうひとつの悲劇から、パレスチナの地において宗教絡みの確執が長い間続いてきたことは事実です。またアメリカで、金融・エンターテイメント中心にユダヤ人資本が非常に大きな力を持っており、それがアメリカがイスラエルに加担する原因になっていることも間違いありません。これらの宗教的、政治的、軍事的、あるいは経済的分析は、それぞれある意味「的を得ている」のだと思います。いや、こんな簡単にまとめていいわけはありません。ありとあらゆる歴史的な事実や政治・経済的な諸事情が複雑に絡み合っています。私の知らないもっと精密な議論もなされていることでしょう。
しかしそれにもかかわらず、これらの分析は「なぜイスラエルがあそこまで執拗に攻撃を反復するのか」をけっして説明できないように思います。イスラエルとパレスチナは「均等に報復しあっている」のではありません。イスラエルが一方的に執拗に攻撃を反復しているのです。いったいなぜなのでしょうか?
イスラエルが軍事的に、あるいは経済的に有利だからでしょうか?
ハマスがパレスチナ中に拡散しているからでしょうか?
シオニストが現実を見ず、過激化しているからでしょうか?
これらもまた現在の状況の一側面を描写しているにすぎず、さきほどの問いの答えにはけっしてなりえません。むしろ「ホロコーストの悪夢を消し去るために、パレスチナ・テロリストをナチスに見立てて報復している」と考える方が私にはリアルに思えます。それほどまでにホロコーストは悪夢でした。詳しく検証しないと、この連想も正当化できませんが、仮にハマスの襲撃がホロコーストにまつわるある種の感情を喚起したとしても、それでもまだ疑念は残ります。それはイスラエルが一方的な被害者ではないからです。イスラエルは長年「植民地プロジェクト」により、パレスチナ社会を破壊・解体してきました。そのこともハマスによる奇襲を招いた一因です。少し極端な言い方をしますと、イスラエルはハマスを挑発したのです。
では挑発をして虐殺をするイスラエルは、ただ一方的に〈悪〉なのでしょうか。世界では「イスラエルの行為こそホロコーストである」と主張する見方も出てきました。〈ホロコースト〉のこのようなプロパガンダ的な言葉の使い方には気をつけないといけません。なぜなら言葉の使い方に繊細さを欠いているからです。ある集団を一方的に〈悪〉や〈狂気〉として非難することは、そこで思考が停止していることを意味します。ここで発想を逆転させて、イスラエルの行為は〈狂気〉ではなく〈正気〉なのだと考えてみてはどうでしょうか?イスラエルは筋の通った行動をとっている、ネタニヤフが狂っているのではなく、イスラエルの民衆が「理性的に」攻撃を支持している、すなわち、どこかにイスラエルがそのような〈悪〉を行う「内在論理」があるはずだ、と考えてみるのです。
* あの〈ホロコースト〉でさえ〈狂気〉なのではなく、ヒトラーの〈理性的判断〉によってなされたのでした。
『我が闘争』第2章「この(引用者注:普通の反ユダヤ主義者からホロコーストへの)転換には、最大の内的精神的挌闘が必要であった。そして、数ヶ月の知性と感情との格闘の後に、勝利は知性の側に傾き始めた。」
* 佐藤優も以下のように語っています。「(ロシア・ウクライナ)戦争を止めるにはロシア人の内在論理を知ることが重要である」(『東洋経済ONLINE』)
私はその内在論理とは何か、ずっと考えてきました。考えた挙げ句に見えてきたのは、今のイスラエルがまさに「強迫神経症者」だということです。この仮説とも呼べないものがはたして正しいものなのか、今後私が考えを撤回するか、修正するかはまったくわかりません。事実による検証も経ないで勝手な想像をしていると非難されるかもしれませんが、そうでも考えないと、この「強迫性」は説明できないのです。
「強迫神経症と国家」と言えば、かつて岸田秀は、かつてフロイト理論で国家を読み解き、アメリカを強迫神経症者にたとえました。(以下「 」の部分は『続ものぐさ精神分析』からの引用、「 」内の( )は引用者の注、その後の*は私のコメントです。)
「要するにアメリカは、個人にたとえれば強迫的な性格神経症者であると言うことができよう。」(p.46)
* 「個人にたとえれば」とありますが、岸田秀によれば「フロイド理論は何よりもまず社会心理学である。」のであって、「彼(フロイド)はまず集団心理現象を下敷きにして、そのアナロジーにもとづいて神経症者個人の心理を理解しようとした」のです。
「さて、アメリカの歴史は経験の欺瞞からはじまっている。」(p.48)
「(ピルグリム・ファーザーズは原住民に対する裏切りと残忍な殺害を隠蔽して)アメリカの自由と民主主義の礎石を築いた聖徒としてあがめられた・・・」(p.49)
*アメリカはその誕生時に原住民を虐殺して生まれた国でありながら、その〈起源〉を隠蔽し続けてきたということです。
「(それを隠蔽し続けるために)際限なく強迫的に裏切りと暴力が繰り返されることとなった。」(p.49)
「(無意識のうちに抑圧されているから)主観的にはしばしば善意なのである。」(p.49)
*過去の行為は隠蔽されて抑圧されて無意識下にありますが、意識上ではそのことを正当化するために、それを強迫的に反復することになります。すなわち「正義(善意)のもとに暴力や虐殺を繰り返してきた」のがアメリカです。ベトナム戦争も湾岸戦争もアメリカにとっては〈善意の〉戦争だったのです。
「そして、つねに第一発は相手側から撃たせ、アメリカはそれに反撃するためやむをえず立ちあがったということになっている。」(p.49)
「・・・自分の犯した犯罪は無視できるということ、これは自分が普遍的正義の立場にあるという前提に立っていなければ不可能なことである。」(p.51)
*さきほど「イスラエルはハマスを挑発した」と書きましたが、たとえば『ハフポスト』にも以下のように書かれています。「イスラエルのアパルトヘイト制度のもとでは、毎日が挑発です。ガザを窒息させるような包囲が挑発です。イスラエル入植者がパレスチナの村全体を恐怖に陥れ、兵士がパレスチナ人の家を襲撃・破壊し、街中で殺し、イスラエルの大臣がジェノサイドと追放を呼びかけているのです」
*イスラエルの歴史の〈起源〉に隠蔽があるとすれば、「いったい何が隠蔽されているのか?」、これがこれから私が考察しなければならない課題です。おそらくホロコーストの悲劇(~1945年)からイスラエルの建国(1948年)までに、何かが隠蔽されて、それは現在まで抑圧されている。それゆえ、あれほどの虐殺を強迫的に繰り返すのです。その時期にどのような隠された事実があり、どのような言説空間が支配していたか、今後検証していきたいと思います。
*もし何か抑圧されていたものが可視化されて意識上にあらわれたとき、強迫神経者に対する「認知療法(cognitive therapy)」のように、イスラエルとパレスチナは(それが完全な平和でなくても)現実的かつ(本当の意味での)理性的な関係を築くことが可能になるのではないかと思います。
*そしてそうなることを祈っています。