現在「じんぶん堂」で『私の謎 柄谷行人回想録』が連載されています(毎月1回掲載、現在第18回)
これを読んで懐かしくなったので、今回は、大学時代の私の思想家アイドル二人、吉本隆明と柄谷行人について書いてみます。

吉本隆明はもともとは詩人です。詩集『転位のための十篇』の一節から引用します。
「ぼくがたおれたらひとつの直接性がたおれる」
いや、かっこいいですねえ!

そして文芸評論家であるのに、なぜか東工大出身です。彼は『文学者の戦争責任』(1956年)、『転向論』(1958年)」などで、徹底的に進歩的知識人や共産党を批判しました。
Wikipediaによれば「吉本は60年安保を、先鋭に牽引した全学連主流派に同伴し」たそうですが、私はポスト学生運動世代ですので、いまひとつ分かりません。

ここでは代表作『言語にとって美とは何か』から、第Ⅱ巻の「あとがき」をご紹介しましょう。これは勁草書房版に載っている大変有名な文章ですが、残念ながら現在の文庫本には収録されていません。

「本稿は、一九六一年九月から一九六五年六月にわたって、雑誌「試行」の創刊号から第十四号まで連載した原稿に加筆と訂正をくわえたものである。この雑誌は半ば非売品にちかい直接購読制を主な基盤にしているので、連載中、少数のひとびとのほか眼にふれることはなかった。わたしは少数の読者をあてにしてこの稿をかきつづけた。その間、わたしの心は沈黙の言葉で勝利だよ、勝利だよとつぶやきつづけていたとおもう。
 なにが勝利なのか、なににたいしてなぜ勝利なのか、はっきりした言葉でいうことができない。それはわたし自身にたいする言葉かもしれないし、また本稿をかきつづけた条件のすべてにたいする言葉であるかもしれない。ただなにかものかにうち克ってきたという印象をおおいえなかっただけである。」

やはり吉本隆明にはカリスマ性がありますね!私より上の世代では吉本に心酔している人は多かったです。ただ吉本の文はいくら読んでもわからない。いや哲学書のような難解さではなく、詩人のことばだからなのか、なぜかわからない。(説明になっていなくて申し訳ありません。)けっこう読解力に自信があった私ですが、翻訳書でもないのに読めない。また断定の仕方が独特なのです。相手に何も言わせない力があります。

一方、柄谷行人は秀才です。東大文Ⅰ→経済学部卒→東大大学院卒のエリートで、しかも若い頃はなかなかのイケメンです。学生運動では「社会主義学生同盟(社学同)」再建に関わったらしいのですが、先ほども書きましたように、私は学生運動には無知なのでわかりません。
柄谷の思想的源泉はマルクス、フォークナー、ダレル、吉本隆明、江藤淳など多岐にわたりますが、文芸批評家として私の印象に残っているのは『意味という病』です。まず、タイトルが凄い。スーザン・ソンダクの『隠喩としての病(Illness as Metaphor)』を連想させますが、ソンダクの原著が1978年出版であるのに対し、『意味という病』は1975年です。

同書のエピグラフから引用してみましょう。
「マーシャ それでも意味は?
トゥーゼンバッハ 意味……ほら雪がふつてゐます。どんな意味があります?
チェーホフ『三人姉妹』湯浅芳子訳」
センスいいですね!しびれます。

その後、柄谷行人は文芸批評家から、思想家として歩み始めます。
1978年『マルクスその可能性の中心』を出版しますが、この年は私が大学に入学した年でもあります。
同書の冒頭をご紹介しましょう。

「ひとりの思想家について論じるということは、その作品について論じることである。これは自明の事柄のようにみえるが、必ずしもそうではない。たとえばマルクスを知るには『資本論』を熟読すればよい。しかし、ひとは、史的唯物論とか弁証法的唯物論といった外在的なイデオロギーを通して、ただそれを確認するために『資本論』を読む。それでは読んだことにはならない。〝作品〟の外にどんな哲学も作者の意図も前提しないで読むこと、それが私が作品を読むということの意味である。『資本論──経済学批判』は、経済学史においてはすでに古典である。それは二つのことを意味する。一つは、この書物はそれが表示する世界や知識が古びたということに応じて古びているということであり、もう一つは、エピクロスやスピノザを読む場合と同じように、〝古典〟を読むということは、すでにそのような外形を無視して、その可能性の中心において読むほかないということである。」

柄谷行人の文章は論理的ですらすらわかる。数学のように明快なのです。私はマルクスをまったく読んだことがないにもかかわらず、マルクスを、そして柄谷の論理を何となく理解できたような気がしていました。しばらく柄谷にはまって、『隠喩としての建築』(1983年)、『内省と遡行』(1985年)と読み進めていった記憶があります。

吉本隆明は、戸山にある早稲田大学文学部に講演に来た時に聞いたことがあるのですが(たしかタイトルは『物語の現象論』)、著作の硬質な文章とは対照的に、饒舌と言うか、エネルギッシュで言葉が次から次へと溢れてくるような印象でした。私はその講演をカセット・テープで録音し、そのテープは今でも手元にありますが、再生する機器がないので眠ったままです。『書物の解体学』という本に直筆のサインをいただいて、これは今でも本棚にあります。

柄谷行人も一度大学の学園祭で見たことがあるのですが、話すのはけっこうぼそぼそとしていて、あまり印象に残っていません。あの論理明快な柄谷にしては意外でした。(あとで聞いた話ですが、学園祭のギャラが安いと言っていたそうです。実際何千円しか払っていなかったようですが。ちなみに一緒に講演していたのが栗本慎一郎で、こちらは饒舌だったような記憶がありますが、その後脳梗塞で倒れてしまいました。)

私が大学を卒業する1982年に吉本隆明は『「反核」異論』を 出版します。核兵器反対の人はぜひ手に取ってみてください。単純な反核運動がいかに〈無効〉であるかわかります。この本は知らない間に失くしてしまいました。今の時代だからこそ、もう一度読んでみたいです。1996年海水浴で溺れた吉本は、その後急速に衰えていき、2012年に亡くなりますが、私の中では今でもまごうことなき巨星です。

一方、柄谷は1980年以降イェール大学の客員研究員となり、ポール・ド・マンやデリダと交流し、1986年『探求Ⅰ』を発表します。(ちなみにデリダは私が大学の頃からすでに読まれていました。この時期の柄谷と蓮実重彦や浅田彰との話はまた別の機会に書きます。)

しばらくの間私は柄谷のことを忘却していたのですが、柄谷は2022年10月、岩波書店から『力と交換様式』を発行し、「バーグルエン哲学・文化賞」を受賞します。賞はともかく、80歳であれほどの知的営為を成し遂げるとは驚異です。もう一度どこかで柄谷を再読しなくてはならない、今そのような意識が自分の中で高まっています。

投稿者 shobota

都立高校で40年以上英語を教えている教員です。哲学や倫理に関心があります。

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