ピーター・シンガー『あなたが世界のためにできる たったひとつのこと 〈効果的な利他主義〉のすすめ』(NHK出版)を2回にわたって紹介します。「 」の形式で引用していきますが、細かい議論につきましては直接同書でご確認ください。
シンガーといえば、Animal Liberation Nowの翻訳が12月20日に『新・動物の解放』として出版されます。その原書にはリチャード・ドーキンスのこんな言葉が紹介されています。
“Peter Singer may be the most moral person on the planet. If his ruthlessly consistent altruism makes the rest of us shuffle our feet in discomfort, or even noisily disrupt his lectures, that’s all the more reason to read this book.” — Richard Dawkins
「ピーター・シンガーは地球上で最も道徳的な人物かもしれない。彼の冷酷なまでに一貫した利他主義が、他の私たちに不快感で足をすくませたり、あるいはうるさく彼の講義を妨害させたりするのであれば、それだけでこの本を読む理由がある。」
そう、シンガーを読むことは〈不快〉なのです。それはシンガーという人間が不快なのだからではありません。シンガーのように倫理的に生きられない自分が〈不快〉なのです。しかし(収入の3分の1を寄付している)シンガーのように生きることなど無理に決まっていると言って、シンガーを遠ざけてしまうことは適切でしょうか。
シンガーは「罪の意識を感じる必要はない」、「効果的利他主義者も聖人ではない」と言います。
シンガーにとうてい近づけない私でも、シンガーを読むことによって何か得られるものがあるはずです。ドーキンスの言うように、〈不快〉だからこそ、目を背けてはいけないのだと思います。
〈はじめに〉
シンガーはこう言います。「私たちは、自分にできる〈いちばんたくさんのいいこと〉をしなければならない」
「盗まず、騙さず、傷つけず、殺さないという当たり前のルールに従うだけでは十分ではありません。」
今まで私は倫理を「〜をしてはいけない」という一種の戒律として理解していました。しかしシンガーにとって、それは十分ではないのです。やるべきことをやらないのは非倫理的なのです。
「私たちの余分なリソースのかなりの部分を、世界をよりよい場所にするために使うことが、最低限の倫理的生活と言えるでしょう。」
最低限生きるのに必要なもの以外はすべて寄付しろ、と言っているのです。大変高いハードルです。そうすると私たちの大半は倫理的に生きていないことになり、私はそのことに深い〈負い目〉を感じてしまいます。
このような意識に対して、シンガーは、「効果的な利他主義者は、罪の意識を感じることにあまり意味を感じません。」、「むしろ、自分たちのいい行いに目を向ける方が大切」と実践を促します。そして、効果的利他主義が「世界を変えつつある」、「私たちの人生に意味を与え、私たちの行いをやりがいのあるもににしています。」、「哲学と心理学の古典的な問いに新しい光を当てています。」と、この運動の成果を列挙していきます。
Part1効果的な利他主義のすすめ
第1章 効果的な利他主義とは?
ここで、効果的利他主義の定義が以下のように述べられます。
「科学的根拠と理性を使って、もっとも効果的に世界をよりよい場所にするような哲学と社会的ムーブメント」
ここで考えられる反論〈利他主義は完全な自己犠牲を伴うのか〉という問いに、こう答えます。
「私たちは、「効果的な利他主義」が利己心と対極にある自己犠牲を必ず伴うものだとは考えません。」「多くの効果的な利他主義者は、自分の行いを決して犠牲とは言いません。」
これは利己/利他のどちらの比重が高いかという割合が問題になっているのではなく、利他を自己犠牲とは見ないという意識改革なのです。では意識改革ができない人はどうなるのでしょうか。この本は「そもそもなぜ〈利他〉でなければいけないのか」という根本的な問いには答えていません。
そして功利主義者としてのシンガーの考え方が述べられます。
「〈いちばんのたくさんのいいこと〉とは「ほかのことがすべて同じなら、より苦しみが少なくより幸福な世界の方が、苦しみが多く幸福の少ない世界よりもいい」ということ。」
ここで〈幸福の定義〉は何であるか、あるいは〈多い、少ないをどう計量するのか〉という問題が残ります。これは功利主義を論じる上で避けては通れない根本的な問題であると思いますが、やはりこの本ではふれられていません。この本の目的は哲学的議論ではありません。徹頭徹尾実践を目指しています。
さらに〈自分の子供と他人の子供の区別〉、〈芸術に寄付すべきことの是非〉など具体的な問いが論じられます。
「自分の子供のためにすべきことには限界があると考えるのが効果的な利他主義者です。」
自分の子供を愛しても良いがそれだけでは不十分だと言うのです。ほかにも助けを必要としている子どもがいるからです。
「極度の貧困が存在している現在においては、「オペラハウスや美術館への寄附は、〈一番いいこと〉とは言えません。」
ここでは様々な価値観の多様性が否定されて一元化されています。しかし、私は「効果的な利他主義」が他の価値を序列付けすることには、簡単には賛成できません。私の正直な感想ですが、「効果的利他主義」の志は素晴らしいのですが、議論はあまりにも単純化されていると感じます。
第2章 ムーブメントが起きている
ここで若くしてオックスフォード大学の准教授となったウィリアム・マッカスキルの活動が紹介されます。マッカスキルは人間の一生の労働時間に相当する80,000 HoursというNPOの共同創設者です。このNPOは、「どの仕事を選べば〈いちばんたくさんのいいこと〉ができるかを調査し、(中略)、世界をよりよく変えようとする人たちのグローバルなコミュニティ」です。
利他的行動をするため職業選択をする、という発想は私にはありませんでした。これについてはさらに詳しく検討する必要があると思いますので、マッカスキルの『〈効果的な利他主義〉宣言!――慈善活動への科学的アプローチ』をいずれここでも取り上げようと思います。
Part2〈いちばんたくさんのいいこと〉をする
第3章 質素に暮らす
まず「どれだけ寄付をすれば十分なのか?」という問いが問われます。もちろん収入の割合によって寄付の程度は変わります。生活するのがやっとの人は寄付の程度が少なくても良いのです。質素な暮しをして、余剰分を寄付すれば良いとされます。しかし贅沢は絶対的な悪なのでしょうか。私にはわかりません。
さらに、寄付という表現についても、「貧しい人になにかを与える行為は(中略)その人のものをお返ししているのです。」という考え方が示されます。これはキリスト教精神の現代版とも言えます。さらに「所持品をすべて売り払う」という極端な例や、「子供を持つこと」の是非まで論じられますが、最終的に効果的利他主義では、自分たちの幸せは否定されません。
第4章 お金を稼いで世界を変える
「与えるために稼ぐ」心理
さきほどマッカスキルの「どの仕事を選べば〈いちばんたくさんのいいこと〉ができるか」という考え方を紹介しましたが、こうした働き方をする人に対してコラムニストのデイビッド・ブルックスは3つの観点から批判しています。
最初の2つ「ヘッジファンドで働いていれば理想もどこかへ行ってしまい、寄付に対する熱意も薄れるかもしれない」「情熱の持てない仕事を選ぶことは、人類愛とは言えても、身近な人たちへの愛につながらない。」という心配に対してシンガーは、実際に働いている人の事例を挙げてこれを否定します。ただ〈与えるために稼ぐやり方〉が誰にでもできるわけではないことも指摘します。
「与えるために稼ぐ」倫理
ブルックスの3つ目の批判「与えるために稼ぐことは、自分自身を目的ではなく手段に変えてしまうことだ」は、心理ではなく倫理にかかわることです。この批判をシンガーは「バーナード・ウィリアムズが功利主義に対して発した疑問と同じもの」とみなします。すなわち「功利主義に従うために(本来は望んでいない仕事に就いて、与えるために稼ぐ生活を実践し)、自らの行動や信念を捨てることは、人の尊厳を踏みにじることにほかならない」という批判です。
それに対してシンガーはこう答えます。
「与えるために稼ぐ人たちは、自らの価値観に素直に従って生きています。」つまり「人は自分にできる〈いちばんのたくさんのいいこと〉をするために人生を生きなければならない」という信条に従って生きているので、けっして尊厳は踏みにじられていないと主張します。
「資本主義とどう向き合うか」
この章の最後で、「資本主義社会で働くことは格差を拡大させるか?」という問題が検討されます。これに対してシンガーは、「確かに資本主義は格差を拡大させているように見えますが、それが人々を極度の貧困へと追いやっている証拠にはなりません。」と言います。シンガーは功利主義者らしく〈結果〉を重視します。格差が仮に拡大しても、貧困が解消されれば良いのです。
この部分は本の中ではもう少し厳密な議論がなされていますが、最終的にシンガーはブルックスの批判を退け、以下のように結論を述べ、「与えるために稼ぐ」行為を肯定します。
「仕事と社会的価値を結びつける方法はいくつもあります。(中略)与えるために稼ぐという生き方は、そのうちのひとつなのです。」
第5章 そのほかの倫理的なキャリア
この章では、「与えるために稼ぐという生き方」以外の倫理的なキャリアが検討されます。そして、メタチャリテイを行うこと、官僚になること、研究者になること、起業家や活動家になることなどが、様々な具体例を通じて紹介されます。最後に「どのキャリアを選べば、世の中のために〈いちばんたくさんのいいこと〉ができるか、という問いへの答えは、あなたの興味や才能や性格次第だと言えるでしょう。」と結論付けられます。
これから社会に出る日本の若者が、この考えにどう感じるかは興味深いです。
第6章 身体の一部を提供する
この章では腎臓、血液、骨髄、幹細胞などの提供にまで話が及びます。臓器提供などが、健康を大きく損ねることなく、「人助けのためにできるたくさんのことのひとつ」であるととらえられているのです。
正直言いまして、私はこの考えにはついていけません。シンガーはもっとも倫理的かつもっとも過激な倫理学者のようです。