今回から2回にわたって、オックスフォード大学のウィリアム・マッカスキル『〈効果的な利他主義〉宣言!(原題DOING GOOD BETTER) 』を紹介します。いつものように、細かい部分につきましては本書を手に取っていただき、ご確認ください。

はじめに
最初に、アフリカで寄生虫を駆除するために考え出されたウォーターポンプの例が出てきます。
ウォーターポンプは、アイデアは良かったものの「無分別な利他主義」の失敗例とされます。
「必ずしも善意が成功に結びつくとは限らない」のです。

ではウォーターポンプは何がいけなかったのか、「どうすればよいことを最大限に行えるのか?」、これが本書を貫く問いとなります。ここで重要なのが、「客観的な証拠と入念な推論を頼りに、その答えを導きだそうとする」態度です。マッカスキルは数学にものすごく強い感じがします。ピーター・シンガーのように倫理的な側面に言及することはほとんどありません。徹底した合理主義者のように思えます。

本書のパート1では、効果的な利他主義の考え方について、5つの疑問に答えていきます。

第1章 私もあなたも、恵まれた1パーセント あなたには何ができるのか?

この本を読んでいる人はたいてい(収入の)上位1%に属しているのだから、「自分自身よりも100倍も大きな利益を誰かにもたらすチャンスがある」。(カッコ内は引用者の注)スタート地点はこれです。シンガーならば「そうすべき倫理的義務がある」と言うところでしょう。

パート1 効果的な利他主義にとって重要な5つの疑問

第2章 難しいトレードオフ
疑問1 何人がどれくらいの利益を得るか?

1994年にルワンダで働く赤十字病院のオルビンスキーの例が取り上げられます。オルビンスキーは怪我人の治療に際してトリアージを行います。私たちも世界をより良い場所にしようと思ったら、お金にしても時間にしても、トリアージと同じ問題に直面するのです。

疑問1に答えるには、「まず私たちのとる行動の影響を理解しなければならない。」のです。
すなわち、寄付する慈善団体の選び方について考え、寄付がもたらす生活の向上への影響度を測定することが重要です。

ここでマッカスキルは、経済学者たちが医療プログラムの優先順位づけのために編み出した指標「質調整生存年(QALY)」を紹介します。この指標を用いてさまざまな治療の費用対効果を評価していきます。この種の指標を用いれば、「いろいろな種類の便益どうしを比較するのは、原理的には不可能ではない」とマッカスキルは述べます。

しかし当然これには反論もあります。
「理念どうしを比べるのは(中略)慈善活動の帝国主義にすぎない」
(「私の理念のみが正義である」という帝国主義です。)
マッカスキルの再反論。そう言ってしまうと、いかなる判断基準も持てなくなってしまう。

私の意見ですが、マッカスキルのように単一の規準で慈善活動の影響度を数値化することはやはり、〈理念の質を抽象〉してしまうことになると思います。すべてを一元的に数値で評価しなければまったく意味がないということもありません。月並みですが、各々が自分なりの判断基準を持てばそれでいいのだと思います。

もう一つの反論は「効果的な利他主義は、「特定の目標との個人的な結びつきを否定」できるか?」です。つまり、家族をがんで亡くした人が、がんの撲滅に取り組むことのような結びつきは、否定されなければいけないのでしょうか。これに対してマッカスキルは、家族とがんという結びつきは偶然だからダメだと言います。これに対する私の答えは先ほどのものと同じになります。少し極端な言い方をすれば、〈影響度の低い支援もそれなりの意味を持つのだ〉と主張したいです。

第3章 何百人もの命を救う方法
疑問2 これはあなたにできるもっとも効果的な活動か?

援助への懐疑派が批判する際の間違いとして、以下の2点が挙げられます。
「今までに投じられた金額をことさらに強調する」
「(援助の成果として)見るべきものは多くはない」

これに対してマッカスキルは「現実には、少額の援助で、世界の最貧困層の福祉が劇的に向上してきた」と言います。彼は「ファットテール分布(確率分布において平均から大きく外れた極端な値が発生する確率が高い状態)」のグラフを示しながら、「援助活動の典型的な便益はわずかでも、平均的な便益は非常に高くなりうる」とします。

マッカスキルは「「このプログラムはお金の最高の使い方か?」と問うことが大事なのだ。」「ただ単に影響を及ぼすだけでなく、最大限の影響を及ぼせるようにしなければならないのだ。」と述べ、今までよりも桁違いに良いことをすることを強調します。

マッカスキルが強調するのはあくまでもコスト/パフォーマンスで、質に関しては最初に「なるべくたくさんの人の命が救われることが最善である」と定義していますので、議論の対象とはなりません。

第4章 災害支援に寄付してはならない理由
疑問3 この分野は見過ごされているか?

まず「グレッグ・ルイスが医者になったのは最善か?」が検討されます。その際に紹介されるのが「限界原理で考える」という思考方法です。これは〈その援助を追加することで、どのくらいの追加の価値が生まれるか〉を評価する方法です。ルイスの件で言えば、ルイスが医学界に〈追加〉されることで、どの程度の(人を助ける)効用が見込まれるかということです。

もう一つ例を挙げましょう。水とダイヤモンドではどちらが重要でしょうか。答えは文脈次第です。水がすでに豊富なところでは、水を追加することに寄って得られる便益は少ないですから、ダイヤモンドの方が価値を持つわけです。援助に関して言えば、追加の価値が高いということは、その地域や分野に今まであまり援助の手が差し伸べられてこなかったということです。

上記の考察からグレッグが出した結論は次のようなものでした。「医師は貧困国で働く方がずっと大きな影響を及ぼせる。」しかし、結局彼はそうはしませんでした。いったいなぜでしょうか?

第5章 人類史上最高の英雄は無名のウクライナ人男性
疑問4 この行動を取らなければどうなるか?

この章ではまずウクライナのヴィクトル・ジダーノフが紹介されます。彼は天然痘の根絶という空想的な計画を提案しました。ここでマッカスキルはジダーノフが計画を提案しなかったとしたらどうなるか、という反事実的な評価をします。すると天然痘の根絶は10年遅れる計算になり、ジダーノフが救った命は、30年間の世界平和に匹敵すると評価されます。

「ある出来事が起こらなければどうなっていたか?」というこの「反事実の評価」については、刑務所体験番組の効果の測定の例についても検証されます。そして「大規模な社会プログラムを実行に移す前には、できるだけ対照実験を通じた厳密な検証を行なうことが大事なのだ。」という結論が導かれます。

キャリア選びにも同じ考え方が当てはまります。ここで話は前章のグレッグ・ルイスに戻ります。彼は上記のような様々な考察を経て、「本気で世の中のためによいことをしようと思うなら、「寄付するために稼ぐ」という道も検討すべきだ。」との結論にいたります。

第6章 投票が数千ドルの皮膚に匹敵する理由
疑問5 成功の確率は? 成功した場合の見返りは?

この章ではまず「リスクは高いが潜在的な利益も大きい行動と、確実に一定の影響を与えられる行動とを比較する手段」が問題となります。この方法として「ある行動の期待値を調べる」ことが提案されます。言い換えますと、「何かよいことをしようとするときには、成功の確率とその成功の度合いの両方に敏感にならなければならない」のです。

この考え方を投票行動に応用してみましょう。アメリカの大統領選挙で1票が選挙結果に影響を及ぼす確率は、平均約6000万分の1だそうです。より良い政党が政権を握ることによる市民ひとりあたりに生じる価値が1,000ドルであると仮定しましょう。すると全体的な便益は、6000万分の1×1,000ドル×(アメリカの総人口)3億1400万=3140億ドルとなるのです。期待値を計算すると、これは慈善団体に数千ドルを寄付するのと同等の価値があるそうです。

この「期待値」の考え方は、「大学2年生のローラが政治家になるべきか」、「購入する肉の量を減らすべきか」という動物倫理、さらには気候変動の問題にも当てはまります。

投稿者 shobota

都立高校で40年以上英語を教えている教員です。哲学や倫理に関心があります。

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