期末考査の出題・採点・成績入力も無事終了しました。大きなミスもなく・・・と言いたいところですが、まるまる1題採点し忘れている問題があったりなど、相変わらずボケていました。ちなみに私は今年から非常勤で、修学旅行へ行ったり、通知票を書いたり、出願指導の面接をしたりという、他の先生方が取り組まれている大変な業務からかなりの部分解放されていますので、やっとゆとりができました。
そこで「『英語で読む倫理』の英語の部分(要するに英語の論文です)をやっと読める!」とはりきっておりました。しかし気持ちが緩んだのか、たまにやる気を出したのがいけなかったのか風邪をひいてしまい、木曜・金曜と発熱して学校を休む羽目に。論文どころかネットサーフィンがやっとという状態でした。幸いコロナでもインフルでもなくお酒も飲める体調になったので、今はこんな駄文を書いているわけであります。
さて、今日たまたまテレビで『懐かしの「NHK紅白歌合戦~第22回」(リマスター版)』というのをやっていて、なんとなく観ていたわけです。『紅白歌合戦』と言えば最近はまったく興味がなくて、ここ10年間(20年間?)くらいはまともに視聴していません。ですから、まあ懐かしかったといえば、懐かしかったわけです。ちなみにこの年は1971年で、私は中学校1年生でした。翌年には日本で初めて冬期オリンピックが開催されるというそんな雰囲気の年でした。
ところで、私はそれほど「昭和が懐かしい」と回顧するタイプの人間ではないと思います(配偶者に言わせると、そうでもないみたいですが)。しかし音楽(クラシックやジャズは別)だけは耳にすると、なぜか〈その時代〉が蘇ってくる。それも10代の頃に聴いたものばかりそうなのです。不思議ですね。今YOASOBI.とかあいみょん聴いている人も、あと何十年か経つと〈そういう世代〉になっていくのです。
それで、なんでこれが倫理の話かと言うと、この『紅白』は、演出にしても歌詞にしても、今だったらジェンダーフリーの考え方に抵触しまくりなわけで、それはまあ時代だから仕方ないのかもしれないですけれど、これは批判されたり乗り越えられたりしなければいけないものなのだろうか、とふと思ったからです。
いや今の若い人はジェンダーフリーに生きるべきであるし、いかなるセクシズムにも反対すべきですけれど、たとえば私以上のお年寄りが「お嫁に行くの」という歌詞が大好きであったとして、それを懐かしんだりすることが非難に値することなのかは、なかなか難しいと思います。
いろんな時代や地域の人間が過去に一生懸命生きてきて、その時に正しいと思った価値観で生きてきて、それがその後の時代で否定されて乗り越えられていくということは当然そうあるべきである一方、その時代の人がその時そう感じたことまで否定できるのでしょうか。それに、今現在の社会の価値観も今後永遠に正義であり続けるとは限らないということもまた確かなわけです。
年長者は古い価値観で若者の邪魔をすべきではないけれど、若者が年長者の古い価値観を一刀両断にXとかで切り捨てるのを見ると(若者はいつも時代も残酷なものです)「なんだかなあ!」という気持ちになります。いやどっちが正しいという話ではないのですが、うまく伝わるでしょうか。(「それはあなたが古いからです」と言われればそれまでなのですが。)
倫理とか道徳とか価値観の問題を世代間格差の問題でとらえてしまうと見逃してしまうような「補助線」みたいなものが必要かなあ、と思います。あと古い価値観でも「許せるもの」と「許せないもの」があります。たとえば「男なら泣くな」という歌詞の価値観は古いので、現代人は誰であっても絶対にそう思ってはいけないのでしょうか?それを強制するのが良くないというのであれば、1971年時点の私もたぶん「良くない」と思っていたような気がします。なんかもっと細かいニュアンスで語れないものかなあ。。。