〈ウィリアム・マッカスキルその2〉
2回にわたってウィリアム・マッカスキル『〈効果的な利他主義〉宣言!(原題DOING GOOD BETTER) 』を紹介するシリーズの後半です。いつものように、細かい部分につきましては本書を手に取っていただき、ご確認ください。「 」は原則、本書からの引用部分です。
パートⅡ 効果的な利他主義を実践する
第7章 間接費やCEOの報酬額にまつわる誤解-社会に最大の影響を及ぼす慈善団体はどれか?
まず、仮にあなたが100ドルを寄付するとして、3つの団体のどれを選ぶべきかが問われます。選ぶ際の指標として「その慈善団体の財務状況を確認する」のははたしてどうでしょうか?マッカスキルはこの考え方は影響力は高いものの、筋違いだと断定します。自分のPCを購入する際に、誰もそのメーカーの財務状況など考慮しないからです。しかし、本当にそう言えるのでしょうか?私は、長期的に安定した慈善活動を継続するには、財務状況もやはり重要な気がします。
「私たちが究極的に気にすべきなのはその慈善団体が及ぼす影響」なのだ、とマッカスキルは述べます。言い換えれば「それぞれの支出が人々の生活に与える影響を理解する」ことが大切なのです。
そこで、寄付先を決める基準として、評価機関『ギブウェル』の5つの基準が検討されます。
基準1:「この慈善団体の活動内容は?」
ここでは、「ある慈善団体がしていると考えられている活動と、その慈善団体が実際にしている活動(の差)」がチェックされます。
基準2:「各プログラムの費用対効果は?」
プログラムを実行するのにかかるコストを計算し、さらにそのプログラムが実際に生活にどのくらい影響を及ぼしているかを評価します。
基準3:「各プログラムが有効であることを裏づける証拠の信憑性は?」
証拠の信憑性が低ければ、慈善活動の費用対効果も、楽観的に見積もられている可能性があります。
基準4:「各プログラムはどれくらい適切に実施されているか」
肝心の〈現場で〉そのプログラムが適切に実施されているかをチェックします。
基準5:「その慈善団体は追加の資金を必要としているか?」
慈善事業において、追加の交付金を効果的に活用できるかを調べます。
徹底的にエビデンスに基づくプラクティカルな考え方です。マッカスキルのチャートに従えば、無駄なく効果的な寄付先を決定できるようになっています。この章の後半では、上記の考え方を応用して、〈最高の慈善団体〉とマッカスキルが考える団体が、実名で紹介されます。
第8章 搾取工場の商品を避けるべきでない道義的理由
-消費者として社会に最大の影響を及ぼすには?
「本章では、効果的な利他主義の視点からエシカル消費について」以下の4点から検討されます。
1. 〈搾取工場について〉
劣悪な労働条件の工場で生産された商品はボイコットすべきでしょうか?マッカスキルの答えはノーです。なぜなら購入をボイコットすれば、そこで働いていた労働者たちはさらに劣悪な状況に追い込まれるからです。
2. 〈フェアトレードについて〉
マッカスキルによれば「フェアトレード商品を購入しても、ふつうは世界の最貧困層にはお金が届かない。」、「最終的に農家の手に渡るのはほんの一部」で、そのお金も「賃金の増加につながるとはかぎらない」。結論として、フェアトレード製品購入は、貧しい人々の生活を向上させるのに有効ではないとされます。
3. 〈低炭素生活について〉
「温室効果ガスを削減する一般的な方法の多くはあまり意味がない。」と述べられ、代わりに二酸化炭素排出削減でもっと有効な方法として「オフセット(相殺)」が紹介されます。これは「自分自身の温室効果ガスの排出量を減らすのではなく、別の場所で温室効果ガスの排出を減らす(なくす)活動へ資金を提供する」やり方です。ここでは割愛しますが、本書では具体的な効率計算の例がたくさん出てきます。と言いいますか、こういう具体的な計算例が本書の価値を高めていると思います。
4. 〈菜食主義について〉
「環境保護の観点から菜食主義を擁護する理由はあまりない。」とされます。なぜならベジタリアンにならなくても1人5ドルの寄付をすれば1トンの二酸化炭素を削減できるからです。菜食主義が擁護されるのは、むしろ動物福祉の面です。マッカスキルは、動物の苦しみを気にかけるならヴィーガンになるか、もしくはもっとも苦痛を生む畜産物(ベイリー・ノーウッドの動物の幸福度指標による)である鶏肉、卵、豚肉を控えるべきであると主張します。しかし総合的な影響という観点からすれば、それよりも動物愛護に寄付をする方が影響力は大きいと述べます。
ノーウッドのように種類別に動物の苦しみを数値化できるのは疑問だと思います。しかし、シンガーにしてもマッカスキルにしてもベジタリアン生活を実践して発言しているので、やはり説得力があると思います。この他に「モラル・ライセンシング効果(善い行いをした後に悪い行いをしてもよいと思い込む心理的な現象)」についても論じられます。これは相当に面白い論点ですが、機会を改めて論じたいと思います。
マッカスキルの結論です。「本章では、エシカル消費のメリットは入念に的を絞った寄付と比べると小さいという話をした。」これはあくまでも「貧困の人を助ける」という観点にたっての結論です。エシカル消費全体を否定しているのではありません。みなさんは、どのように考えるでしょうか?
第9章 「情熱に従え」の落とし穴-世の中に最大限の影響を及ぼせるキャリアは何か?
人が世の中に最大の影響を及ぼせるキャリアを選択するために、マッカスキルが共同創設者である80000hoursが提供している仕事選びのフレームワークが紹介されます。(「情熱に従って」キャリア選びをしてはダメということです。)
「私とこの仕事との個人的な相性は?」
これはあなたが「その仕事を楽しめるかどうか」ということです。「ほとんどの人は仕事の世界とぴったり一致する情熱を持っていない。」あなたが情熱を持てそうな仕事は、競争率が高くてなかなか就けないということもありますし、人の情熱の対象は時とともに変化します。ですから職業選択にあたっては、個人の情熱ではなく、その仕事の満足度を高める要因(①自律性②完結性③多様性④フィードバック⑤貢献度)を調べるべきなのです。(①~⑤の詳細は割愛します。本書でご確認ください。)
「この仕事を通じて私が及ぼせる影響は?」
まず自分が働く組織が効果的でなくてはなりません。次に、あなたの代わりに雇われるはずだった人よりもあなたが大きな価値を生み出す必要があります。また「あなたが労働力、寄付金、影響力という3つの資源をそそぎこめる活動分野や組織がどれだけ効果的か」を評価することも大切です。
3.「この仕事は私の将来の影響力にとってどれだけプラスになるか?」
場合によっては影響を及ぼすことよりも、スキル・人脈・信用といった「キャリア資本」を築くことの方が重要な時期もあります。「キャリア資本」以外にも、最初の仕事が次の仕事に及ぼす効果や、「将来的にどういうキャリアを目指すべきかを仕事の過程でどれだけ学べるか」も職業選択の重要な要素となります。
本書ではこの後、以上のフレームワークを用いた80000hoursの「キャリア戦略」の実例が列挙されていきます。前に書いたことの繰り返しになりますが、こうした豊富な具体例が本書の持つ価値です。ですから理論書として読もうとすると、逆に冗長に感じられるのは仕方ありません。
第10章 貧困か、気候変動か、それとも・・・-もっとも重要な活動分野は?
これまでの章で主に扱ってきた〈貧困の解決〉以外にも、重要な分野はあるはずです。しかし、「どの活動分野に注目するべきなのか」について、マッカスキルはあえて答えません。その代わりにその疑問について考えるフレームワークを提供します。その際に科学的なアプローチを使用しますが、必ずしも同じ結論に達するとは限りません。彼が提供するフレームワークでは、以下の3点に注目します。
1「規模」問題の大きさ。規模が大きいほど優先度が高い。規模が大きくなれば与えられる影響も大きくなるし、問題が解決されるまでの時間もかかるだろうからである。
2「解決可能性」「長期的に見て、スキルやお金などの資源を問題解決に向けた進展へと結びつけられるか」打つ手がないほど難しい問題は、取り組むべき重大な問題とはなりえない。
3「見過ごされている度合い」「その問題にすでに大量の資源がそそぎこまれているとしたら」その問題に取り組む緊急性は低い。
第10章もこれまでの章と同様、「規模」「解決可能性」「見過ごされている度合い」に注目した優先度の高い活動分野の具体例が検討されます。
結論 今日から、効果的な利他主義者になろう-あなたが今すぐすべきことは何か?
最後に良いことをしようという気持ちを絶やさないためのアイデアが紹介されます。
① 定期的に寄付する習慣をつける。とりあえずは月額10ドルからでも始める。
② 効果的な利他主義の考え方を人生に取り入れるためのプランを立てる。
自分の生活に加えようと思っている変化について具体的に書きだす。
③ 効果的な利他主義のコミュニティに加わる。
そうすれば様々な話題にふれることができる。
④ 効果的な利他主義を広める。SNS等で発信することで、及ぼす効果を何倍にもすることができる。
【シンガーとマッカスキルを読んで】
ここまでシンガー2回、マッカスキル2回を含め、5回にわたって「効果的な利他主義」について書いてきました。彼らを読み進めていくと、その純粋さ、情熱にうたれます。彼らにとって世界の貧困を救済することは、人生のかなりの部分を占めるのです。「効果的」という言葉はあくまでもその生き方が前提となっているのであって、「利他的な精神は中途半端であっても、それなりに救済が効果的に機能する」というようなものでは全然ありません。
もっとも2人を読んだ印象はかなり異なります。シンガーは倫理学者であり、(少し過激な言い方をすれば)世界で貧困のために死んでいく人がいるのに、日常生活で贅沢をする私たちを「それは倫理的ではない」と非難します。ですから私のような平均的な人間がシンガーを読むと、不快にならざるを得ません。ドーキンスが述べるように、「それだからこそ、私たちはシンガーを手に取る必要がある」のです。
マッカスキルに関しては『見えない未来を変える「いま」-〈長期主義〉倫理学のフレームワーク 』が1月に翻訳されており、そこでは「効果的な利他主義」という言葉は一度も使用されていないそうですし、「そもそも人類の絶滅は悪いことなのか?」という過激な章もあるそうです。新たな思想的展開があったのかもしれません。機会があればフォローしてみたいです。
私自身としましては、やはりまだ「人生の大半を貧困者を救済する」ことに捧げる境地に達していません。いや大半どころか、1%も捧げていないかもしれません。それでも、自分の中でできるだけ「倫理的に生きる」道を考えてみたいと思います。その際、「貧困で死んでいっている人がいて、かわいそう」と感傷的なコメントをして通り過ぎずに、自分なりの「効果的な利他主義」を実践していきたいと思います。また「他人の人生よりも自分の人生が大切な普通の人々」の視点を切り捨てずに、むしろそういう視点を大切にしていきたいです。
ひょっとすると「利己主義」と「利他主義」が出会う地点があるのかもしれません。