児玉聡『ミル『自由論』の歩き方』を2回にわたって紹介するはずでしたが、第四講が長大なため、第五講以下を第3回に回したいと思います。議論の細かい部分に関しましては、直接本書を購入し、手に取っていただければと思います。

第四講 天才・変人・そして自由 『自由論』第三章

一、ここまでの復習

『自由論』第2章で、ミルは「基本的に真理を主題にしており、真理の発見のためには言論の自由が保障されている必要がある」と主張します。それに対して「現在問題になっている言論や表現の自由というのは、おそらく真理だけが問題ではない」という著者の指摘が重要です。

ミルにとって、言論の自由とは、発言者の人権を擁護することよりも、むしろ真理をあらわにするために必要だったということです。「では、いったい真理って何?」「本当に真理などと言うものがあるの?」という疑問が湧いてきますが、この問題はまた後日。

「行動の自由についても、言論の自由の議論が当てはまる」とミルは言います。ここでも、自由に行動できるように個人の人権を守るというより、行動の自由を保障することにより、正しい生き方が見えてくると彼は考えているのです。

現代では普通私たちは、人生に正解も不正解もなく、「生き方の真偽など問えない」と考えます。しかし前回論じたピーター・シンガーなどは、「生き方に真偽がある」という立場だと思います。(「真=倫理的に生きる」と定義すれば、です。)だから、シンガーを読むと圧迫感を感じるのです。ミルはこの点についてどう考えているのでしょうか?

二、「生き方の実験」をする自由

ここから『自由論』第3章の内容に入ります。ミルは「個性を開花させることが本人の幸福にとってだけでなく、社会によっても重要である」を力説します。具体的なミルの言葉を引用してみましょう。「誰もが、さまざまな生活スタイルのうち、自分に合いそうなスタイルを実際に試してみて、その価値を確かめることができるとよい。」

要するに誰にとっても「生き方の実験(experiments of living)」をすることが重要であるし、その自由が与えられるべきであると言うのです。

さきほど「生き方の真偽」について書きましたが、人間は何が正しいかをあらかじめわかっていません。したがって「正しいから何かをしなくてはいけない」という考え方をミルは採用しないのです。人間が持つ真理はたいてい「半真理」なので、いろいろ試してみた方がよい、とミルは述べます。

「世間の伝統や慣習を行為のルールにしていると、人間を幸せにする主要な要素が失われる。個人と社会の進歩にとっての重要な要素も失われる。」「幸せ」と「社会」という言葉に、ミルの功利主義的な面が伺えます。

三、個性と「普通」

「個性の自由な発展が我々の幸福の要素の一つであるという意見は、言論の自由に比べると一般に認められていません。」と著者は主張します。これについては、そうだともそうでないとも言えないです。だいたい、どうやって2つを比較するのでしょうか。

さらに著者は、現代日本の「多数=普通=正しい」と、ミルの多数者の専制を結びつけます。日本における「普通規範」(個性的だと不幸になりやすい社会)は、ミルが「社会的圧力が個性とか天才を生み出すことを阻んでおり、ひいてはそれが社会の活力を失わせてしまう」と言う事態であると指摘するのです。しかしミルの力点はあくまでも「社会」に向いており、日本における文脈ではマイノリティが不当な扱いを受けることに力点が置かれており、ここが微妙に異なる気がします。

四、「普通」の生き方の問題点

「人間はむしろ樹木のようなものである。すなわち、自らを生きた存在たらしめる内部の力の勢いに従い、自分自身をあらゆる方面にわたって成長させ、発展させずにはいられないものである。」この項目は、ミルのこの有名な言葉だけ紹介しておきますが、ミルにしては珍しく、自由が「社会」ではなく「人間個人」の生き方に影響を及ぼす点が述べられています。

五、多数者による個性の抑圧

著者は、「民主主義と大衆社会が到来して、人々が平凡化していくことについての問題意識を二人(ニーチェともミル)は共有している」と述べます。人々が平凡化することにより、あらゆるものがその価値を失う「ニヒリズム」的視点までミルが共有していたかは不明です。ちなみに生年はミルが1806年、ニーチェが1844年ですから、この2人がまったく同じ問題意識を共有していたとは考えられません。

ミルの言葉です。「現代人は、世間の慣習になっているもの以外には、好みの対象が思い浮かばなくなっているのである。」

鋭い!もはや現代人は自分の好きなことを我慢して大衆に合わせるのですらなく、自分の好み自体を思いつかないと言っているのです。インスタグラムなどのSNSは今何が流行っているのかをチェックするためにあるのです。そうして「自分の欲望を組織する」のです。「自分の欲するものを見つける」とはなんと倒錯しているのでしょうか。

六、個性の社会的有用性

個性が単に当人の幸福にとって有用であるだけでなく、社会にとっても有用だという話は前にも出てきました。

ミル「個性が発展すればするほど、各人の価値は、本人にとっても、他の人々にとっても、ますます高くなる。」

「独創性が人間の社会において貴重な要素であることは、誰も否定しないだろう。」

この項目は、自分の読みが浅いのかもしれませんが、まあそれ以上のことは言っていないように思えます。

七、天才を育てる土壌

ミル「独創性は、独創性を持たない人間にとっては、何のありがたみも感じられないものである。」

これは面白い指摘ですね。「何のありがたみのない」どころか「迷惑」なのです。

よくよく考えてみると平凡な人は、非凡な人のその「非凡さ」が理解できないわけですから、最初からある人が独創的かどうかは判断できないわけです。ですから私のような平凡な人間は、とりあえず自分と違って変なやつを見かけたら、自分に危害を加えない限りはは好きにやらせておく、というのが正しい対処法ということになります。

八、変人の重要性

ミル「世論の専制は、変わった人を非難するものだ。だから、まさしく、この専制を打ち破るために、我々はなるべく変わった人になるのが望ましい。」

変わっていることが仮に人より優れていなくても、多数による専制を打ち破るという点において、社会的価値があるのです。「変人でもみんなと同じに接しようね」ではなく、変人の積極的価値を認めるとは面白いですね。

九、個性に不寛容な社会

ミル「平均的な人間というのは、(中略)そういう趣味や願望をもっている人間を理解することができず、全員を、自分たちがつねづね軽蔑している粗野で節度のない連中の同類と見なす。」

ミル「大衆は、(・・・)良しとされる規範にすべての人を従わせようと努める。良しとされる規範というのは、明示的なものであれ暗黙裡のものであれ、何ごとにも強い願望を抱かないことである。」

強い願望を抱かないということは、物事には意味がないというニヒリズムへつながるものですね。

規範と願望を結びつける視点は新鮮です。

十、ヨーロッパの「中国化」と多様性の喪失(この項目は割愛します。)

十一、フンボルト 自由と多様性

ミル「今ではみんなが同じものを読み、同じものを書き、同じものを見、同じ所に行き、同じ希望を抱き、同じことを恐れ、同じ権利と自由を持ち、そしてそれを同じ手段で主張する。」

同じものをする権利があるということと、違うことをすることを欲することは違います。もう一度書きますが、何が問題かと言いますと、人と違うことをやることを外部から抑圧されることが、やがて自分が自分の欲望を抑圧することへと向かい、そもそも欲望することができなくなってしまうこと、それが問題なのです。

「民主主義社会における政治と教育の平等、産業革命の進展による交通の進歩や商工業の発達が、人々の同質化を進めている」現代ではネット社会がますなす同質化を加速させています。

著者は「人々の画一化が進むと、そうでない状態が想像できなくなり、その状態から抜け出すことは非常に困難になる」と述べます。ネットによる相互監視の網目の中で、他人と差異化した自分の欲望を実現させることなど、はたして可能なのでしょうか。「自分の欲望」と思ったものが「他人の欲望」であるような時代に生きているわけですから。

十二、『普通規範』の批判

著者による『自由論』第3章のまとめなので割愛します。

十三、学生の意見

「普通規範が内面化されている、すなわち異常は悪いことであるとみなされる」という観点で話は進んでいきますが、

これと(学生の意見にあるような)マジョリティ/マイノリティの関係はまったく同じではないような気がします。

ミルが述べるような「異常な人」は、自分のことをおそらく「正常な人」だと思っているのに対し、マジョリティに対するマイノリティは、自分がマイノリティであることを明確に意識しているように思われます。そのような意味で、たとえば京都大学の学生が「変なこと」をして目立とうと考えたならば、それはミルが述べるような異常ではありえず、普通規範が内面化されている凡庸な行動なのではないでしょうか?

「いろいろなことをする人を温かく見守る」「お互いに認め合う」とまとめている学生がいましたが、ミルはもう少し過激なことを言っているような気がします。何か違うな、という感想を持ちました。あと、児玉先生は、京都大学を引き合いに出しながら、頭の中ではオックスフォード大学のことを考えておられるのかな、と思いました。

投稿者 shobota

都立高校で40年以上英語を教えている教員です。哲学や倫理に関心があります。

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