あっという間に大晦日である。年賀状も書かず、紅白も見ないので、犬と戯れるか、勉強するしかない。
さすがに年末なので、難しいことを書いても誰も読んでくれないだろうから、今日は英語の各種検定試験について書いてみよう。
さて、最初は英検である。英語教師でありながら、中1か中2くらいまでしか英検を受けていなくて、たぶん3級しか受かっていないと思う。ちなみに当時は5級も、準2級も、準1級もなかった。その後英検を受ける機会もなく、受けたいとも思わず、受験する生徒の指導しかしていないが、今英検を受けたらどんな感じであろうか?
高校で個人指導をしている感触で言うと、準1級に合格していても、英語の基礎ができていない生徒はたくさんいる。(基礎とは、「この文章の主語は何?」みたいな、当たり前のことがわかる力を指す。)
・・・というわけで、準1級はさすがに(目をつぶっても?)受かるであろう。教え子で上位1%で合格した子がいるが、これは偉業です、はい。。。
どうも準1と1級の間にものすごい壁があるようで、1級となると、銀行の外資部門で働いている教え子でもまだ受かっていない。今の自分が何の準備もしないで1級を受けたら、たぶん受からないだろう。では、準備をしたら?・・・う~ん、今イチ自信ない、笑。言うまでもないことだが、仮に英検1級受かっても、まだまだ英語の初心者である(さすがに言いすぎか)。
話題を変えて1つ自慢(?)をしておこう。大人になってから、英検を受験こそしていないものの、研究助成に応募して、賞金30万円をゲットしたことはある(リンク)。研究なので、英語ができる証明には全然ならないのだけれどね。
さて次はTOEICである。仕事上の必要性から、45歳くらいの時に一度だけ受験したことがある。結果は「Non-Nativeとして十分なコミュニケーションができる」レベルAではあった。しかし何で世の中の人はTOEICをありがたがるのであろうか。僕は問題がつまらなすぎて、はっきり言って解答するのが苦痛であった。「テーマパーク、家族でいくらかかるか。」とか学問の香りがしなさすぎる。990点目指して勉強したいとはまったく思わないし、990点が偉いとも思わない。
ではTOEFLはどうか。こちらは受けたことはないし、受ける予定もないが、多少はアカデミックではある。ただIELTSがあるのに、TOEFLの存在意義はいったいどこにあるのかわからない。TOEICにしてもTOEFLにしても「項目応答理論」というテスト理論に基づいていると昔大学院で習ったが、テスト理論はその後進歩したのであろうか?(英語教育の勉強からは、はるか遠く遠ざかってしまった。)
今多少興味あるのはIELTSである。海外の大学院などは大体IELTSを基準としているからだ。今の自分がどれくらい取れるかわからないが(スピーキングとかダメそうだなあ)、1年留学してきた高校生だと7.0~7.5は取得するので、まあ最低ここは目標にしなくてはならない。IELTSの欠点は受験料が高いことで、一番安いコンピュータ版でも28,500円である。ううむ、相当準備しないと受けられんな。。。。
最後に大学入試について述べるが、職業上、多少コメントが歯切れ悪くなることをお許しいただきたい。詳細については機会を改めて論じたい。
センター入試、共通テストは、大量のデータを短時間にさばくという側面が強く、これを「英語力」と言っていいのか疑問が残る。生徒もそれはわかっていて、96%くらい取った生徒に「偉いね」と言ったら、「所詮、情報処理ですから。」と返答されたことがあった。ちなみに20年前は、センター(R)をビール飲みながら10分で解答して9割いったが、最近では問題文の画像が小さすぎて見えないなど劣化が激しく、生徒とは競わないことに決めた。
では各大学、特にいわゆる難関大の二次試験はどうであろうか?30年前に比べれば文章は大幅に長くなり、語彙レベルも高くなった(特に早慶)。ネイティブでも知らない語が出されることもしばしばである。これは世の中の実際の英語が、長くて語彙レベルが高いのだから、自然な流れである。(語数はおこちゃまレベルではあるが)自由英作文を導入するところも増えた。全体的に見れば良い方向に向かっていると思う。ただ受験生のレベルに比べて問題のレベルが高すぎて、内容を何にも理解できていない受験生がばんばん合格するという奇妙な現象が起きている。(意地悪なことを書くと、出題された文の中で一番わかりにくいところは、あえて出題からはずされている。)
これらの2次試験を「英語力の測定とは言えない」と批判する人がいるが、大学は「英語の文献を正確に読解できる能力」、「自分の考えたことを簡単な英語で発信する能力」を見ているのであって、まったく問題ないと思う。(東大・京大・一橋あたりは「高度に抽象的な文を理解する能力」も見ている。)大規模な私大はいまだにマーク中心であるが、これは二次試験としてはまったく不十分であると思う。AIを使って効果的かつ公平に記述の採点ができるようになって、マークが消える世の中にならないものだろうか。