昨日『キネマ旬報』のことを書いていて思い出したのだが、2位の『瞳を閉じて』と、1位の『オッペンハイマー』に関しては、以前インスタグラムに投稿していたのであった。せっかくだから?ここに転載しておきたい。(いずれも執筆は公開時である。)
『瞳を閉じて』評
ヴェンダースに引き続き、ビクトル・エリセ『瞳をとじて』鑑賞。エリセはなんと31年ぶりの長編とのこと(現在83歳!)。映画の中で「劇中劇」が重要な役割を果たすのは、あの『ミツバチのささやき』(1973)と同じ構造である。主人公はエリセの分身である元映画監督兼作家であるが、彼の劇中劇に出演していた俳優が失踪してしまうところから物語は始まる。結局その俳優の身元は、失踪をテーマにしたTV番組がきっかけで突き止められるのだが、彼は脳の異常ですでに記憶を失っており、老人ホームで働いている。そして主人公が連絡して、その元俳優の娘(アナ・トレント)が記憶を失った父親に会いに行くことになる。
父娘再会のシーンで、アナ・トレントが、5歳の時に『ミツバチ』において精霊の名の下に「ソイアナ(わたしよ、アナよ)」と語りかけるのと同じように「ソイアナ」と父に語りかける場面で映画ファンは涙ぐむしかない。
その他にも全編に映画史に関するオマージュが散りばめられている。最後は、もう使われなくなった映画館にその劇中劇のフィルムが持ち込まれ上映されることになるのだが、元俳優の記憶が取り戻されようとする時、失われつつある「映画作家によるフィルム芸術」もまたそのアイデンティティを取り戻そうとするのである。
『オッペンハイマー』評
いま世界にこれほどの映画を撮れる監督が他にいるのであろうか?ノーランには『インターステラー』同様見る者の精神を変容させる何かがある。そうは言っても1回でこの映画を理解することは難しい。何十人もの登場人物が入り乱れ、コミュニズムなどを巡って延々と議論する(原作は日本語の文庫で3冊になる!僕は理解できないところがたくさんあった。)。なんか欧米の「知的な厚み」(特に政治)を感じさせられた。
ところで、核兵器に対しては「大量殺戮兵器は絶対許容できない」という立場と、「核保有国とパワーバランスを保つために日本も核保有すべきだ」という立場があるが、いずれにしてもただ感情論で持論を展開するのでは「知的に厚みがある」とは言えない。核兵器に反対する場合は非核でもけっして保有国に不利にならない実践的な道筋を示すべきであるし(アメリカの核の傘による庇護は僕は核保有と変わらないと考えます)、保有論者は核保有がいかに倫理的に許容される可能性があるのか(僕はこれは不可能に思えますが)丁寧に説明できなければならない。
*残念ながら『落下の解剖学』についての投稿はないのだが、前回の投稿で僕が「テーマは複数の言語である」と書いたことにふれてあるサイトotocoto があったのでリンクを貼っておく。
*昨日言及しなかったが、『キネマ旬報ベストテン』外国映画3位にランクインした『関心領域』も、また注目に値する映画である。ホロコーストや強制労働によりユダヤ人を中心に多くの人びとを死に至らしめたアウシュビッツ強制収容所の隣で平和な生活を送る一家の日々の営みを描く映画である。(ちょうど今年は、アウシュビッツ収容所が解放されて80周年という節目に当たる。)
あるブログによると、「「関心領域」と訳される「The Zone of Interest」は、ドイツ語では「Interessengebiet」で、これは第二次世界大戦中にアウシュヴィッツ強制収容所で働くナチスの人々が暮らすために設けられた、収容所周辺40平方キロメートルのエリアを指す」そうである。当然ながらこのInterestは「興味・関心」と「利害関係」という二重の意味で使われている。まるで今日のガザ地区における「興味・関心(あるいは無関心)」と「利害関係」を暗示しているようにも思える。