昨晩、川瀬和也先生(横浜市立大准教授)とネオ高等遊民さん(哲学YouTuber)の対談(リンク)を視聴した。内容は、ここでも先日取り上げた、川瀬先生の『ヘーゲル(再)入門』についてである。(しかし(再)とカッコになっているところに、センスの良さを感じますねえ。)著作の内容が改めて確認できて復習になるのはもちろんのこと、本には書かれなかった部分(たとえば「ヘーゲルがなぜ〈基礎づけ〉に異議を唱え続けたか」など)も明らかにされ、さらにネオさんの「「媒介」を重視する哲学者って他にはいないのでは?」というさすがの指摘もあり、また「従来の「論理学」が立ちいかなくなった話」など、大変勉強になった。
川瀬先生は予想通り聡明そうであったが、慎重な語り方(「ヘーゲルの著作に「正反合」は今のところ見当たらないです。将来はわからないですけどね。」)には、やはり研究者らしさを感じた。勉強している人ほど、断言しないものなのです。ネオさんは、なんだかんだ『精神現象学』を読書会サークルで4年も読んでおられるので、「たしかに『精神現象学』に「流動性」って何回も出てきますよねえ。」と発言に実感が伴っている。『大論理学』を1ページで放り出したのも、パルメニデスのせいなのだ。
それにしても、便利な時代になったものだ。僕は、この対談をXのネオさんの投稿で知った。ネオさんは、今はタイに居住されているけれども、僕は日本にいる初期の頃から注目してフォローしており、アリストテレス『形而上学』についてメッセージを交わしたこともある。(初期の「友人の本棚紹介」みたいな動画も楽しかったです。)ものすごく「直球」を投げる実力派のYouTuberだと思う。
川瀬先生は、光栄なことに、このサイトの『ヘーゲル(再)入門』紹介をXに投稿したときにずっとフォローしてくださって、最後にわざわざコメント入りでリポストしてくださった。まあ、恥ずかしくなるくらい浅い読み方しかできていないのは、自分でもよくわかっているが、それでも励みになる。(何しろマラブー買ったからね。)ところで、この新書読む前から(まだ読んでないけど)川瀬先生の『全体論と一元論』買っていたのが、僕のささやかな自慢である、笑。
そういえば、川瀬先生の本の前に紹介した『ミル『自由論』の歩き方』について投稿した時も、著者の児玉聡先生にリポストしていただき、感激した。その児玉先生が京都大学で行った『『ミル『自由論』の歩き方』刊行記念ブックトーク』にオンラインで参加し、その場で2つも質問に答えていただいたのも、いい思い出である。SNS時代ならではの哲学の学び方と言えるだろう。(その場で即席でスマホで送信した質問なので、大した質問ではないが、たしか「ある行為が「他者危害である」とどのように判断するのでしょうか。「私は被害を受けた」と申告すれば、それは危害を受けたことになるのでしょうか?」という質問と、「変人は自分の行為を変だとは思っておらず、普通だと思っているのであって、変人を目指すという発想は凡庸なのではないでしょうか?」という質問だったように思う。)
しかし、それにしても、このようなSNSを通じた「緩い」交流は、かつて哲学の先生が「偉かった」頃では考えられないものだ。(現在の先生方も、かつての大先生に負けす劣らず優秀なのであるが。)哲学から「権威」が剥ぎ取られて、軽やかになったとも言える。せっかくそういう時代に生きているのであるから、私達「素人」も、気軽に、考える愉しみを享受したいものである。