昨年11月の職場検診で、PSA(「前立腺特異抗原、prostate-specific antigen」)の値が、一昨年よりかなり上昇した。最初は全然気にしていなかったが、ホームドクターに「PSA高いですね。でも基準値以内か。」と言われ、だんだん心配が膨らんできた。ちょうど横浜市のがん検診クーポンがあったので、近くのクリニックで再検査したところ、数値は一昨年並みに下がり、結局何の問題もなかった。

それにしても、数値の変化が気になってしまうのも、僕の場合かなり度を越している。まだ病気でも何でもないのに、どんどん重い病気になるイメージが膨らんできて、Amazonのウイッシュ・リストには闘病記や治療法の本がどんどんリストアップされていく。

このように、 客観的な身体的異常がないのに自分が重い病気ではないかと心配する症状は、「心気症」(または「病気不安障害」)と呼ばれており、重度になると治療を要する一種の神経症である。 (軽度なものは誰にでもある。)

心気症における不安は、医学的な検査で異常が見つからないと説明されても解消されず、日常生活に大きな影響を及ぼすことがある。患者はしばしば病院を何度も訪れ、繰り返し検査を求める傾向がある。(ちなみに僕はここまで重症ではない。)

心気症の原因は複数の要因が絡み合っていると考えられている。たとえば、以下のような要因である。

心理的要因 :ストレスや不安傾向が強い性格(神経症傾向)。
生物学的要因 :脳内の神経伝達物質(セロトニンやドーパミン)のバランスが影響している可能性。
社会的要因 :インターネットやメディアで病気に関する情報を過剰に取り入れることによる影響。

心気症の治療は、薬物療法もあるにはあるが、「認知の歪み 」を正す『認知行動療法(CBT)』が有効だとされている。これについては昔David D. BurnsのFEELING GOOD : THE NEW MOOD THERAPYという本を読んで、英文を補習授業に使用したこともある。また『マインドフルネス』によって 身体感覚への過剰な注目を減らし、今この瞬間に集中する技術を学ぶことも有効である。

「心気症」といって思い出す映画は、ウディ・アレンの『ハンナとその姉妹』(1986年)である。主人公のミッキー(演じるのはウディ・アレン自身)は右耳に違和感を感じ、検査を待つ間、緊張と恐怖で落ち着かず、独白で「もしこれが脳腫瘍だったら…」と最悪のシナリオを考える。精密検査の結果、医師から「異常なし」と告げられると、ミッキーは病院の外で飛び跳ねるほど大喜びする。

しかし、その喜びも束の間、彼はすぐに「でも、いつかは死ぬんだ」と考え始め、再び悲観的な思考に囚われる。この場面は、心気症患者が一時的な安心を得ても根本的な不安が消えないことを示している。 街を歩きながら独白で「健康でも結局死ぬんだから意味がない」と語る彼の姿は、心気症が単なる病気への恐怖を超えて、存在そのものへの不安に繋がっていることを表しているのだ。

投稿者 shobota

都立高校で40年以上英語を教えている教員です。哲学や倫理に関心があります。

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