先日ブレッソンの『白夜』をレヴューしましたが、またまた往年の名画を映画館(移転中の渋谷「ル・シネマ」)で鑑賞しました。

アブラハム渓谷』(1993年、完全版203分)は、ギュスターヴ・フロベールの『ボヴァリー夫人』を現代ポルトガルに翻案した原作を基にした文芸映画の傑作です。その魅力は、詩的な映像美、気品ある演出、深い文学性、そして主人公エマの複雑な内面を映し出す個々のシーンに凝縮されています。いくつか代表的なシーンを取り上げましょう(ネタバレにご注意をお願いします。)

  1. 冒頭シーン
    映画は、列車の窓越しに流れるドウロ川の風景と車輪の音を背景に、クレジットタイトルが表示される静謐なシーンで始まります。ナレーションが物語の枠組みを詩的に提示し、エマ(レオノール・シルヴェイラ)の人生を予告します。

この冒頭は、オリヴェイラの特徴である「言葉と映像の自律的な調和」を象徴します。列車のリズミカルな音と風景の流れは、時の経過とエマの運命の不可避性を暗示します。ナレーションは、単なる説明を超えて、文学的な機知と哲学的な深みを加え、観客を物語の神話的な世界に引き込みます。

ナレーションがエマの美貌と「右足を引きずる」特徴を述べる際には、映像はまだ彼女の姿を直接見せず、風景のみを映し出します。この抑制された演出が、観客の想像力を刺激し、エマの神秘性を高めます。

  1. エマとカルロスの出会い(聖母出現祭のシーン)
    アブラハム渓谷で、医者カルロス(ルイス・ミゲル・シントラ)が「聖母出現祭」の賑わう町で少女時代のエマ(セシル・サンス・デ・アルバ)と出会います。エマの美貌に魅了される瞬間が、静かな視線の交換で描かれます。

このシーンは、エマの「恐るべき美貌」とカルロスの欲望の芽生えを、派手な演出なしに捉えます。オリヴェイラはロングショットと抑制されたカメラワークで、祭りの喧騒と二人の静かな緊張感を対比させ、運命的な出会いの重みを強調します。色彩の鮮やかさ、特にエマの衣装の赤が緑の背景に映える点は、絵画的な美しさとして高く評価されています。

エマが群衆の中で微笑む瞬間、彼女の「噛みつくような微笑み」がクローズアップされ、少女の無垢さと危険な魅力が同時に表現されます。カルロスの視線が彼女を追うカットは、後の破滅の予兆を感じさせます。

  1. ダンスパーティーでのエマの誘惑(中盤)
    結婚後、カルロスの留守がちな生活に孤独を感じるエマは、ルミアレス夫妻のダンスパーティーに参加します。彼女は複数の男性と交流し、不倫関係へと踏み出します。音楽(ベートーヴェン「月光」やドビュッシー「月の光」)が流れる中、エマの奔放さが際立ちます。

このシーンは、エマの「気品と放埓」を体現する重要な転換点です。オリヴェイラは、華やかな上流社会の場を舞台に、エマの行動を道徳的に裁かず、むしろ彼女の自由と苦悩を詩的に描きます。音楽と映像の融合は、感情の高ぶりを増幅し、観客にエマの内面の揺れを体感させます。

エマがダンスフロアで男性たちと視線を交わすシーンは、ゆっくりとしたカメラの動きと照明の柔らかさで、彼女の誘惑が計算されたものではなく、自然な衝動であることを示唆します。背景の赤い花やドウロ川の夜景が、エマの情熱的な行動と破滅の危険性を象徴しています。

  1. 指輪の落下とエマの絶望(終盤) エマが不倫の果てに精神的に追い詰められ、ベランダで指輪を落とすシーンです。指輪がドウロ川に落ち、彼女の破滅が象徴されます。この後、彼女は病に倒れ、死を迎えます。

このシーンは、エマの内面の崩壊を視覚的に表現したクライマックスです。指輪の落下は、彼女の結婚と社会的地位の喪失を象徴し、オリヴェイラの「作為では到達し得ない境地」の演出が光ります。ドウロ川の暗い水面に消える指輪の映像は、視覚的にも強烈で、観客に深い余韻を残します。

エマが指輪を見つめるクローズアップと、川面に落ちるスローモーションのカットは、彼女の絶望を静かに、しかし強烈に伝えます。ナレーションが「彼女は愛に生き、愛に死んだ」と締めくくることで、文学的な深みが加わります。

  1. エマと聾唖の洗濯女リテーニャの交流(随所)
    エマは、聾唖の洗濯女リテーニャ(イザベル・ルト)と心を通わせるシーンが随所に登場します。言葉を超えた二人の交流は、エマの孤独と純粋な一面を浮き彫りにします。 この関係は、エマの複雑な性格を補完し、彼女の人間性を深めます。オリヴェイラは、沈黙の中で二人が視線や仕草で繋がる様子を丁寧に描き、言葉に頼らない感情の表現で観客の心を打ちます。

リテーニャがエマのドレスを洗うシーンで、エマが彼女の手をそっと握る瞬間があります。二人の間に流れる静かな信頼感は、映画の騒々しい上流社会のシーンとの対比で際立ちます。

投稿者 shobota

都立高校で40年以上英語を教えている教員です。哲学や倫理に関心があります。

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