現在開催中の第78回カンヌ国際映画祭コンペティション部門に、日本映画としては唯一『ルノワール』がノミネートされています。この映画を監督している早川千絵監督の長編デビュー作が『PLAN 75』です。今回はこの『PLAN 75』をご紹介します。

『PLAN 75』は第75回カンヌ国際映画祭でカメラドール特別賞を受賞し、同年のアカデミー賞に日本代表として選出され、第63回テッサロニキ国際映画祭で、最優秀監督賞ほか3冠を受賞しました。その他第16回アジア・フィルムアワード、中国最高賞と言われる第35回金鶏奨、第58回シカゴ国際映画祭他、世界各国の映画祭で監督賞にノミネートされるなど、恐るべき評価を得ています。

私はこの映画について知らないわけではありませんでしたが(「キネマ旬報」年間ベスト10にも選出されています)、「日本の高齢化社会に警鐘を鳴らす社会派の映画」であると勝手に思い込んでいて、(そういう政治的メッセージの強い映画はあまり好きではないので)、遠ざけていました。

しかし前述の『ルノワール』の予告編を最近観て早川監督に関心を持ち、昨日U-NEXTで視聴したのですが、良い意味で私の予想は大きく裏切られることになりました。簡単に言うと、この映画がすぐれている点は、この映画が政治的アジテーションではなく、1つ1つのショットが政治的スローガンに収まりきらない豊かさを持ち、それらが有機的に結びついて一つの作品世界を形づくっているという点なのです。

以下、内容について多少ふれていきますので「ネタバレ」にご注意ください。

『PLAN75』は、75歳以上の高齢者が自ら死を選択できる架空の制度「プラン75」を軸に、現代日本が抱える高齢化問題や社会保障の限界を問いかける映画です。制度に翻弄される人々の葛藤や、生きる意味を静かに描きます。

この映画で何が一番素晴らしいかと言えば、早川千絵監督の「抑制されたトーンとミニマリスティックな演出」です。早川監督は、感情を過剰に煽る演出、劇的な展開を避け、一貫して落ち着いたトーンを維持します。日常会話に徹した台詞回しや、静かな映像美が特徴で、観客にテーマを深く考えさせる余白を与えます。

早川監督は、過剰な説明や背景情報を省き、登場人物の行動や表情を通じて物語を進行します。観客はキャラクターの内面や社会の空気を自然に感じ取る構造になっています。

ですから、ぼんやりとおぼろげで、何を表しているのかわからない画面であるとか、主人公の意味不明な指の動きであるとか、明示的に説明されない場面も多いです。

色彩は抑制されており、音響設計も静かですが、それがいっそう物語の重さを強調します。

私はどちらかと言うと「職業的俳優」が好きではなく、そういう意味でブレッソンやロメールを愛するのですが、この映画の78歳の角谷ミチを演じる倍賞千恵子は例外で、誠実で繊細な演技を披露します。ミチが制度に直面しながらも気丈に生きようとする姿は感動的で、これが物語の感情的な核となり、観る者の心を強く打ちます。

その他では、ボウリング場でミチと出会う少女・由紀を演じている河合優実の自然体かつ感情豊かな演技が素晴らしいです。彼女は、NHK連続テレビ小説『あんぱん』に出演しているそうですが、残念ながら私は視聴していません。

この映画は、近未来のディストピア設定ながら、現代日本と地続きのリアルな生活感を保持しています。SF的な制度「プラン75」を、現実の延長線上として描くという点で、カズオ・イシグロの小説『わたしを離さないで』を読んだときと同じような感情が引き起こされました。

カンヌ映画祭と老人問題と言えば、第65回カンヌ国際映画祭でパルムドールに輝いた『愛・アムール』(ミヒャエル・ハネケ監督)を想起させますが、私個人の感想では『PLAN75』の方が圧倒的に感動的です。

最後まで映画を視聴し、流れてくるクレジットを見つめていましたら、見覚えのある名前が目に飛び込んできました。もしかして、とネットで検索してみましたら、やはり私の教え子で、早稲田を卒業後、俳優をしている女性でした。本作では声のみでの出演でしたが、こんな大傑作に名前を残すことができるとは、素晴らしい限りです。

なお、『PLAN75』はNHK BSで、2025年6月19日に放映予定です。まだの方は是非ご視聴ください。
私はふだんは特定の映画を勧めないのですが、今回は例外です。

ついでに言いますと『ルノワール』はその翌日の6月20日から公開です。これは一転して、少女の話です。早川監督から目が離せません。

投稿者 shobota

都立高校で40年以上英語を教えている教員です。哲学や倫理に関心があります。

“『PLAN75』は近年稀にみる優れた日本映画である” に1件のフィードバックがあります

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