
東京都美術館で開催されている『ジョアン・ミロ展』へ行ってきました。ミロの個展としては、約60年ぶりの大規模なものです。今回の展覧会の特徴は、絵画のみならず、 多様なメディアの展示があることです。
絵画では、 スペイン内戦の影響下で制作された、詩的で抽象的な《星座》シリーズ(1940–41)など、ミロの象徴的な油彩作品が展示されており、太陽、星、月、鳥、女などのモチーフが特徴的です。彫刻・オブジェは、空間の中心に配置され、360度鑑賞可能です。さらに、陶芸やポスターも紹介され、彼の「絵画の解放」を体現しています。
ミロは、カタルーニャ出身の画家で、シュルレアリスムや抽象芸術に大きな足跡を残したアーティストです。
ミロの作品は具象と抽象の中間にある独特のスタイルで、具体的な形を単純化し、詩的で夢のようなイメージを生み出しました。
ただ、会場にあったミロの言葉を読むと、ミロ自身は自分の絵画を抽象画とは考えておらず、「具体的な形を表現する記号」と考えていたようです。(うろ覚えなので、言葉が不正確かもしれませんが。)
私たちはミロのような「抽象画」に「意味」を探そうとします。「これはいったい何を表しているのだろう?」と。しかし、現代絵画の鑑賞においては、そういう行為はあまり意味がないのだと思います。
ミロはキャンバスの板であったり、布であったり素材を私たちの眼前に提示します。私たちはその質感を感じ、色彩や空間のうちにリズムを感じ取り、ミロを体感するしかありません。
ミロは奔放に描いているのではありません。きわめて精密に考え抜いて描いているのです。彼の内面に隠されたリズムや色調があり、それをあらゆる技法を使って表現しようとしているのです。