日曜日の朝8時35分から、カンヌ映画祭コンペティション部門に出品された早川千絵監督『RENOIR ルノワール』(公式サイト)を鑑賞してきました。コッポラの『メガロポリス』もそうですが、今の日本の現状では、「素晴らしい」映画ほど集客できず、朝か夜の上映に限定されてしまうのです。
さて早川監督と言えば以前紹介した『PLAN 75』が素晴らしすぎて今回も多少期待はしていたのですが、予想を上回る出来で、個人史上では人生で観た日本映画のうち確実に5本の中に入る、いやひょっとするとベストワンかもしれない映画です。(私の好みは非常に偏っていますので、ご参考程度に。)
以下、あらすじも含めた詳しい紹介をしますので、未鑑賞の方はネタバレにご注意ください。
舞台は1980年代後半、東京郊外の住宅地に住むフキは、感受性豊かで想像力に溢れる11歳の少女です。父は末期がんを患い、入退院を繰り返しており、母は管理職として多忙な日々を送っています。家庭内には両親の間に溝が生じ、フキはそんな不安定な環境の中で、空想と現実の境界を自由に行き来しながら日々を過ごしています。
夏休みに入ったフキは、好奇心から近隣の大人たちの生活に足を踏み入れます。彼女は「伝言ダイヤル」という当時流行のサービスを通じて自称大学生の青年と知り合い、彼との対話を通じて大人の世界の複雑さに触れます。また、近所の女性やその恋人との交流を通じて、恋愛や不倫といった大人の関係性を垣間見ます。フキの行動は時に大胆で、人の家に勝手に上がり込んだり、競馬場に足を運んだりするなど、子供らしい無邪気さと危うさが同居しています。
物語が進むにつれ、母の不倫や父の病状悪化が明らかになり、フキの日常は揺らぎ始めます。父の死が近づく中、フキは自分の家族や周囲の人々の「心の痛み」を感じ取り、死や喪失といった重いテーマに向き合います。特に、父との最後の会話や、母とのすれ違いを通じて、フキは子供らしい無垢さと大人の世界の残酷さの間で揺れ動きます。彼女の空想は時に超能力や夢のような形で現れ、現実の厳しさから逃避する手段となりますが、それは同時に現実を受け入れるための力ともなるのです。
父の死後、フキは悲しみを抱えながらも、家族や友人との関係を通じて少しずつ前を向き始めます。物語は明確な解決やハッピーエンドには至らず、フキの内面的な成長と、人生の「ままならなさ」を受け入れる姿を静かに描き出します。最後は、ルノワールの絵画を眺めながら、フキが自分の感情と向き合うシーンで締めくくられ、観客に余韻を残します。
早川監督は、ビクトル・エリセ『ミツバチのささやき』、相米慎二『お引越し』、エドワード・ヤン『ヤンヤン 夏の想い出』を本作のインスピレーション源として挙げているそうです。この3作は私の愛好する作品でもあります。本作もミニマリスティックな演出が随所に見られ、抑制された表現で深い感情を引き出します。 特に、フキの無表情な演技と詩的な映像の組み合わせは、ブレッソンの『少女ムシェット』のような静謐な美学を思わせます。
早川監督は本作を「余白を楽しむ映画」と表現し、観客が自由に感情を投影できる余地を残すことを意図しました。物語は明確なプロットの進行よりも、フキの視点を通じた断片的なイメージや感情の積み重ねに重点を置き、観客に解釈の自由を与えます。映像はルノワールの印象派的な柔らかな色彩や光を意識し、1980年代のノスタルジックな雰囲気と詩的な美しさを強調しています。
フキの空想や夢のシーンが現実と曖昧に交錯し、観客に「これは現実か、妄想か」と疑問を抱かせる演出が特徴的です。 特に、フキが超能力を想像する場面や、夢の中での大人たちとの対話は、子供の視点ならではの不思議な世界観を表現しています。
本作は、カンヌでの上映後、観客から「音楽、編集、照明が素晴らしい」と評価されたそうです。 音楽は情感を抑えた繊細なスコアで、フキの内面や時代の雰囲気を補強し、編集はシーンのつなぎ目を滑らかにし、観客がフキの視点に没入できるよう工夫されています。エンドロールで流れる歌は、HONNEの楽曲「「LIFE__you only get one」です。この曲は、映画のノスタルジックで繊細な雰囲気と調和しますが、心に沁みる歌詞はなんと早川監督ご自身が和訳されたそうです。
この映画の素晴らしさの半分は、主人公の少女の素晴らしさです。フキ役の鈴木唯は、撮影当時11歳で、オーディションを通じて抜擢されました。カンヌでも試写上映後、観客から「信じられないほど素晴らしい」と称賛され、特に無表情ながら好奇心と危うさを併せ持つ演技が作品の核となっています。
おまけですが、この映画では主人公の少女が「動物の鳴きまね」をするシーンが出てきます。これは実はオーディションの際に監督が鈴木唯ちゃんに、「得意なことはなんですか?」と聞いたら、唯ちゃんが「動物の鳴きまねです」「猫とフクロウと馬とヤギができます!」と答えて、それが脚本に反映されたそうです。しかし、めちゃ上手いですよ。