参議院選挙の争点のひとつとなった「日本人ファースト」については、賛成、反対、中傷、ヘイトが飛び交い、冷静な議論がされたとは言い難いと思います。選挙が終わった今こそ「日本人ファースト」について冷静に議論することも必要なのではないでしょうか。
最初にお断りしておきたいことは、私が行いたいのは「考察」であるということです。
この文章は私の政治的主張とは一切関係ありませんし、私の投票先とも一切関係ありません。
さて(その1)である今回は、「日本人ファースト」とははたして何であるかについて改めて考察します。
「日本人」の定義については曖昧な部分が多く、明確な基準が一貫して示されているわけではありません。
しかし以下のような要素が含まれていると考えられます。
(1) 日本国籍を持つ者
日本国籍を持つ者を一律に「日本人」として扱うことで、以下のような差別や問題が生じる可能性があります。
(A) 文化的・民族的多様性の無視
日本国籍を持っている人を「日本人」という枠組みで一元化すると、これらの人々の独自のアイデンティティや文化が無視され、画一的な「日本人像」に押し込まれる可能性があります。
(B) 帰化者への偏見
帰化した人々が外見や名前、出身背景などから「本当の日本人ではない」と見なされることがあります。
(C) ステレオタイプの強化
「日本人」を国籍だけで定義すると、特定の文化的・行動的ステレオタイプ(例:勤勉、集団主義など)が押し付けられ、それに当てはまらない日本国籍保持者が「日本人らしくない」と批判される可能性があります。
(D) 外国人風貌への差別
日本国籍を持っていても、外見や言語が「典型的日本人」と異なる場合、職場や社会で外国人扱いされたり、差別的な扱いを受けることがあります。
(E) 法的な平等と実態のギャップ
日本国籍を持つ者は法的に日本人として平等な権利を持つはずですが、社会的な認知や扱いにおいて差別が生じる場合があります。
(2)「日本を大切にする心」を持つ者
「日本を大切にする心」の可能的要素を挙げてみます。
(A) 文化・伝統への敬意
日本の言語、伝統行事、芸能、食文化などを理解し、継承しようとする姿勢。
(B) 歴史への理解と誇り
日本の歴史や先人の努力を知り、その上で国をより良くしようとする意識。
(C) 国民や社会への貢献意識
日本社会の調和や発展に寄与しようとする気持ち。地域社会や公共の福祉を優先する行動。
(D) 国家や地域への愛着
日本の自然、風土、コミュニティに対する愛情や帰属意識。
(E) 未来への責任感
次世代に良い日本を残すため、持続可能な社会や環境を考える姿勢。
これらは主観的(恣意的な)な基準です。このため、日本国籍を持っていても、「日本人」から除外される可能性があります。また「日本を大切にする心」の解釈は文脈によって変わるので、「排他的なナショナリズム」や「内政優先の考え」に結びつく可能性もあります。
(3) 遺伝子や民族的要素
「日本人ファースト」には民族的・文化的同質性を重視するニュアンスが感じられます。「ルーツや過去を遡って日本人かどうかを判断する」ような姿勢を取ることは、遺伝子や血統に近い基準を匂わせる可能性が指摘されています。
しかし、日本人は遺伝的に朝鮮半島の人々と「かなりの部分」で共通し、特に弥生時代以降の渡来により、韓国人と非常に近い遺伝的プロファイルを持ちます。中国大陸(特に東北部)とも一定の共通性があります。
要するにそもそも固有の日本人の遺伝子など存在しないのです。
(4) 税金を納めている者
「日本に税金を納めている者」を「日本人」の定義として明示的に強調する記述はあまり見られません。ただし、「外国人への生活保護」や「外国人の優遇」を批判する文脈で、日本人の経済的負担を軽減すべきとの主張が繰り返されており、間接的に納税者としての日本人を優先する考えが含まれている可能性があります。これは以下のような差別に結びつく可能性があります。
(A) 外国人への敵視と排外主義
この主張は、外国人全体を「日本の経済的負担の原因」として一括りにする傾向を生みます。特に、在日外国人や難民、留学生など、異なる背景を持つ人々を「不当に優遇されている」と誤解させ、排外的な感情を煽るリスクがあります。
(B) 生活保護受給者へのスティグマ
外国人への生活保護を批判する議論は、生活保護制度そのものへの否定的なイメージを強化し、日本人受給者にも「生活保護=不正受給」という差別的な視線を向ける可能性があります。
(C) 日本国籍を持つ外国ルーツの人への影響
日本国籍を持つ帰化者や外国ルーツの日本人が、外見や名前、文化的背景から「本当の日本人ではない」と見なされ、社会的排除や差別を受けるリスクが高まります。
(D) 経済的負担の原因の単純化
外国人を経済的負担の原因として名指しすることは、複雑な経済問題を単純化し、外国人コミュニティに不当に責任を押し付ける結果を招きます。
(E) 社会の分断と不平等の増幅
「日本人 vs 外国人」という二元論的な枠組みは、社会の分断を深めます。
以上(1)~(4)以外でも「日本人ファースト」は「日本人の暮らしを守る」といったスローガンとして使われることが多く、情緒的・政治的な訴求に重点が置かれています。
今回(その1)のまとめ
以上のように「日本人ファースト」の「日本人」の定義は曖昧であり、「日本人ファースト」を主張することが必ずしも正当ではないことが示されました。
これで終わりなら話は簡単なのですが、それでもなぜ「日本人ファースト」というスローガンはある一定の支持を得てしまうのでしょうか。そもそも「日本人ファースト」という主張ははたして非難に値するのでしょうか。
以上の点を(その2)で検討してみたいと思います。
結論を先取りして書いておきますと、「日本人」という概念は曖昧で不安定であるがゆえに、排他的になる要素を内在的に秘めていること、我々の心から完全にその排他性をなくすことは相当に困難であること、それにもかかわらず社会としてはそのような排他性や差別は一切許容されないこと、などについて検討される予定です。