今回は本書を離れて、ロールズの「無知のヴェール」に対しての批判的視点を、もう少し細かく研究してみましょう。
ロールズが『正義論』で強く意識した相手は、 功利主義(utilitarianism) です。功利主義は「全体の幸福」を重視するあまり、個人の権利や尊厳を犠牲にしてしまう危険があります。ロールズはこれを「個人の分離(separateness of persons)を無視している」と批判しました。
功利主義のように「合計」で判断するのではなく、ヴェールの下で「自分が最も不利な立場に置かれるかもしれない」と想定すれば、誰もが不利な人を切り捨てる制度を選ばない。ここから「格差原理(差異原理)」が導かれます。
次に. バーナード・ウィリアムズのロールズに対する批判を検討してみましょう。
ウィリアムズは「功利主義は個人のアイデンティティや深い価値観を無視してしまう」と主張しました。人間は単なる「幸福の容器」ではなく、歴史・感情・忠誠心などを持つ存在だからです。
ロールズは功利主義の問題を「個人の権利」という観点から批判しましたが、ウィリアムズはより実存的・人間的な側面から批判したのです。つまり、両者は方向性こそ違えど「人間を幸福の計算機のように扱う功利主義は不十分だ」という点で一致しています。
ウィリアムズはロールズのような「理想化された契約モデル」そのものにも懐疑的でした。なぜなら、そうしたモデルは現実の歴史・文化・権力関係から切り離されすぎていて、人間が実際に生きる具体的世界を十分に捉えられないからです。彼はむしろ「現実の道徳的・政治的ジレンマ」に即して考える姿勢を強調しました。
トマス・ネーゲルはロールズの影響を強く受けた哲学者ですが、同時に批判的な観点も持っています。
ネーゲルは「視点の二重性」(客観的視点と主観的視点)を強調し、ロールズ的な「普遍的・無個別的な視点」と、個々人の「具体的・主観的な視点」との緊張関係を論じました。彼にとっても「無知のヴェール」は魅力的な理想ですが、人間は完全にはそこに立てない、とするのです。
* 私は(今のところですが)ウィリアムズやネーゲルの立場を支持します。
次に、アマルティア・センの議論を整理してみます。センはロールズを高く評価しつつも、次のような限界を指摘しました。センは、実際の社会には極端な不平等・貧困・抑圧が存在しており、理想的な「完全公正」を求めるよりも、まずは「明らかな不公正」を改善することが重要ではないか、と考えたのです。
センが展開したのが ケイパビリティ・アプローチ(capability approach) です。このアプローチによれば、「正義」を測る基準は、財や所得の量ではなく、人々が実際に どのような生き方を「可能にされているか」 です。彼は これを「ケイパビリティ(潜在能力)」と呼びます。
ロールズのアプローチが、制度設計を通じて公正を保障する(理想的契約論)であるのに対し、センのアプローチは、現実の状況で「誰が何をできるか」を比較し、改善していく現実的・比較的アプローチなのです。
センは『正義のアイデア(The Idea of Justice, 2009)』でロールズ批判を展開しました。
ロールズは「公正な制度」を描きますが、センは「不正義を減らす方向」を重視。たとえば飢餓や識字率の低さといった具体的問題を改善することが優先されると考えました。
ロールズは自由と平等を軸に正義を定義しましたが、センは「人間の善き生のあり方」は多元的であり、一つの原理に還元できないと考えます。センは「正義」を導くのは抽象的な契約ではなく、現実の民主的討議や公共的推論であると強調しました。
次に、マーサ・ヌスバウム の議論をご紹介します。ヌスバウムは、センのアプローチに共感しつつも、次の点で不満を持ちました。センは「ケイパビリティ」という概念を提示しましたが、具体的にどのケイパビリティが重要かを明示しませんでした。そのため、実際の政策や憲法的枠組みで活かすには「基準」が曖昧すぎたのです。そこでヌスバウムは、「人間にとって不可欠なケイパビリティ」を具体的にリスト化し、普遍的な人間の尊厳に基づく正義論を展開しました。
ヌスバウムは、正義を考える上で最低限保障されるべき 10の中核的ケイパビリティ (Central Capabilities)を提示しています。
1.生命 – 通常の寿命を全うできること。
2.身体の健康 – 適切な食糧、住居、健康管理を受けられること。
3.身体の統御 – 移動の自由、性的自己決定、暴力からの保護。
4.感覚・想像・思考 – 教育を受け、自由に思考・表現できること。
5.感情 – 他者と愛情・親密さを築けること。
6.実践理性 – 善や人生の意味を自由に考えられること。
7.所属(アフィリエーション) – 社会に参加し、差別されないこと。
8.他の生物との関係 – 動物や自然との関わりを持てること。
9.遊び – 笑い、遊び、楽しみを経験できること。
10.環境と政治的統制 – 物的資源や政治参加の権利を持てること。
ロールズは「自由と格差原理」によって正義を規定しましたが、ヌスバウムはそれでは「障害者」「女性」「発展途上国の人々」といった弱者のニーズが十分に扱えないと批判しました。
『正義のフロンティア』では、ロールズ理論が「国境を越える正義」や「障害者の権利」「動物の倫理」に十分対応できないと指摘し、ケイパビリティ・アプローチを拡張しています。