「賽は投げられた」という言葉はどうやって生まれたか、意味は何か、英語ではどう訳されるか、を考えてみましょう。
- 起源
「賽は投げられた」は、古代ローマの将軍 ガイウス・ユリウス・カエサル(Julius Caesar)が発したと伝えられる言葉です。紀元前49年、カエサルは元老院の命令に反して、自分の軍を率いて ルビコン川(Rubicon)を渡りました。この行為は、ローマ共和国に対する明確な挑戦であり、内戦の引き金となります。その決断の際に、カエサルがギリシア語でἈνερρίφθω κύβος (Anerriphthō kubos)すなわち「賽は投げられた」と口にした、とスエトニウスやプルタルコスが記録しています。 - 意味
賽とはサイコロのことです。「投げられた」とは、もう放り投げてしまったので元に戻せない、というニュアンスを指します。つまり、この言葉の意味は、「もう後戻りできない決断をした」、「運命を賭けて行動を開始した」ということを表します。 - 英語での表現
英語では主にThe die is cast.と訳されます。castとdieの語源を探ってみましょう。
cast は中英語(Middle English, 1150〜1500年頃)の時代に北欧由来の言葉として英語に入った単語です。この時代、casten(投げる)という語が古ノルド語 kasta(投げる)から借用されて登場します。ヴァイキング時代の北欧語の影響です。
cast=配役、鋳造などの意味も、全部「投げる・放つ」という根本イメージから派生しています。
例えばcast a spell(呪文をかける)、cast iron(鋳鉄)、cast lots(くじを引く)も同じ系統です。
die も中英語の時代にフランス語から入った単語です。ノルマン・コンクエスト(1066年)後、フランス語が大量に英語に流入しました。die は古フランス語 dé(ラテン語 datum「与えられたもの」から派生)から英語に入ります。
die(サイコロ)とdie(死ぬ)は語源的に無関係です。サイコロの die → フランス語 dé → ラテン語 datum(与えられたもの)、死ぬ die → 古ノルド語 deyja(死ぬ)です。つまり 同じ綴りでも全く別ルートの外来語です。
datum(与えられたもの)がどうして「サイコロ」= die になったのか、意味の変化をたどってみましょう。datum はラテン語の dare(与える)の過去分詞から派生しました。直訳すると「与えられたもの」「授けられたもの」という意味です。
古代では、神意を問うために「何かを投げて結果を得る」行為が広く行われていました。サイコロ、棒くじ、小石などが代表例です。それらは「神から与えられた答え」であると考えられました。ここから datumが「くじ」「サイコロ」の意味を帯びるようになります。
ラテン語 datum → 中世ラテン語で「賽・くじ」→ 古フランス語 dé(サイコロ)。これが中英語に入り、単数形 die、複数形 dice となりました。
サイコロの出目は「人間が選んだもの」ではなく「運命/神が与えたもの」。だからこそ「与えられたもの(datum)」が「サイコロ」の意味に転じたのです。The die is cast=「運命はすでに神によって与えられた」という感覚につながります。