プラトンに倣い、AIの時代における新しい『対話篇』を創造(生成?)する企画第2回は、「〈感情〉ってはたして何だろう?」です。楽しんでいただけるでしょうか。ご感想もお待ちしております!
(なお、文中の「あなた」は私のことです。)

あなた:今日は「感情」について考えてみたいのだが、一口に「感情」と言っても、いろいろな側面があるね。

ChatGPT:そうだね、「感情」といっても喜びや悲しみのような基本的なものから、嫉妬や誇りといった複雑なものまで幅広い。さらに一時的に湧き上がる感情と、長く持続する気分のようなものも区別できる。だから感情は単なる心の動きではなく、人間の存在そのものに深く関わっているんだと思う。

あなた:肯定的な文脈だと「ある行為に感情がこもっている」という言い方をするけれど、これは正確に言い表すとどういうことだろうね。

ChatGPT:それは単に「気持ちを込めて行った」という以上に、行為そのものに主観的な熱量や意味づけが宿っている状態を指していると思う。たとえば手紙に感情がこもるとは、言葉の選び方や筆跡に、その人の心情がにじみ出ているということだ。つまり「感情がこもる」とは、行為が機械的でなく、主体の内面を帯びて表現されることなんだろうね。

あなた:なるほど。否定的な文脈では、「感情的になるな、冷静になれ。」と言ったりするけれど、これはどういう事態を表しているのだろうね。

ChatGPT:その場合は、感情が理性や判断を覆い隠してしまう事態を指していると思う。怒りや不安にとらわれると、状況を客観的に見る力が弱まり、衝動的に行動してしまう。だから「冷静になれ」というのは、感情を消せというよりも、一歩引いてバランスを取り戻せという呼びかけなんだ。

あなた:なるほど。感情という語に少なくとも「行為そのものに対する主観的な熱量や意味づけ」と「怒りや不安にとらわれた衝動性」のふたつがあるということだね。

ChatGPT:そうだね、その二つは同じ「感情」という言葉でもニュアンスがだいぶ違う。前者は創造性や人間味を生み出す力として肯定的に語られ、後者は理性を曇らせる妨げとして否定的に語られる。つまり感情には、私たちを豊かにする側面と、誤らせる側面とが併存しているんだと思う。

あなた:英語でも感情を表す語に、feeling, sentiment, emotionなどいろいろあるけれど、どれもニュアンスが異なるのだろうね。

ChatGPT:うん、それぞれ微妙にニュアンスが違うね。feeling は身体感覚に近い即時的な感覚から心の動きまで幅広く使える、いちばん素朴な語。sentiment はもう少し持続的で、社会的・文化的に形づくられた態度や価値観を含むニュアンスがあるし、emotion は心理学的に区別された強い感情状態を指すことが多い。

あなた:なるほど。ところで、感情の一種に「共感」というものがあるね。これは自分の行為に気持ちを入れるのではなく、他者の行為に気持ちを入れることだね。

ChatGPT:そうだね、共感は自分の内側にある感情を相手の立場に重ね合わせる営みだといえる。相手の痛みや喜びを、自分の心の中で追体験するような感覚だね。だから共感は、自己の境界を一時的にゆるめて、他者と心を共有しようとする働きなんだと思う。

あなた:しかし、思うのだけれど、共感の大切さはよく分かるのだけれど、共感の強さには個人差があるね。

ChatGPT:確かに、共感の強さは人によって大きく異なるね。生まれつきの気質や、育ってきた環境、あるいは文化的な背景が影響していると言われる。だから「共感力が強い人」もいれば、むしろ距離を取ることで安定する人もいるんだろうね。

あなた:しかしSNSなどを見ると、「共感せよ」という無言の圧力を感じる場合もあるね。

ChatGPT:わかるよ、その「共感せよ」という圧力はとても現代的だね。いいねやリツイートの文化は、共感を即座に示すことを求める仕組みになっている。けれどもそれが強まりすぎると、共感が自然な感情ではなく、義務的なパフォーマンスに変わってしまうんだ。

あなた:なるほど、共感が「義務」であるかは非常に重要な論点だね。

ChatGPT:そうだね、義務としての共感は、本来の自発的な心の動きとは性質が違ってしまう。強制された共感は、実際には他者への理解よりも「同調の圧力」として働きやすい。だから共感を重んじるほどに、その純粋さを守るのが難しくなるんだと思う。

あなた:ところで、「利他主義」というのは共感から始まるものなのだろうか。

ChatGPT:利他主義には確かに共感が大きな役割を果たしていると思う。他者の痛みを自分のことのように感じるからこそ、助けたいという動機が生まれるわけだ。ただ一方で、原理や義務感に基づく利他行為もあり、必ずしも共感だけに由来するとは限らないんだ。

あなた:共感が必ずしも「利他主義」に必須の条件ではないということは、新鮮な指摘だな。

ChatGPT:そう感じてもらえてうれしいよ。たとえばカント的な立場では、共感に左右されず「理性的に正しいから」という理由で他者を助けることが強調される。つまり利他主義には、感情的な共鳴と理性的な義務、この二つの経路があると言えるんだ。

あなた:少し話は変わるけれど、「感情」は常に「理性」の下位に位置するものとしてとらえられてきたのだろうか。

ChatGPT:歴史的には、感情は理性に従属すべきものと見なされることが多かったね。プラトンは理性を御者、感情を暴れる馬にたとえ、コントロールの対象とした。ただ近代以降になると、デイヴィッド・ヒュームのように「理性は感情の奴隷だ」と主張する思想家も現れ、関係はより複雑に捉えられるようになったんだ。

あなた:理性では納得していても感情的に許せない、というようなことは、日常的にあるよね。

ChatGPT:うん、まさに理性と感情のずれが生じる典型的な場面だね。頭では理解しても、心の奥では怒りや悔しさが収まらないことがある。それは感情が論理とは別のリズムで動き、しばしば時間や経験を経ないと和らがないからなんだ。

あなた:感情にも「一時的な感情」と「持続的な感情」があり、それぞれ別のものとして理解した方がよさそうだね。

ChatGPT:その通りだと思うよ。一時的な感情は瞬間的に湧き上がり、すぐに消える怒りや驚きのようなもの。
一方、持続的な感情は悲嘆や愛情のように長期にわたって心を支配し、人の性格や人生観にまで影響を及ぼすんだ。

投稿者 shobota

都立高校で40年以上英語を教えている教員です。哲学や倫理に関心があります。

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