今回は、『形而上学とは何か』(秋葉剛史、ちくま新書)の【第2章】をご紹介します。細かい部分に関しましては、直接本書を購入し、手に取っていただければと思います。「 」は原則引用部分です。
(ただし引用でなくても、「因果関係」のように、ある用語に「 」を使用することがあります。)
なお*の後は、著者とは異なる私の個人的な「意見」「感想」や「研究」です。
【第2章 因果】
端的に本章の目的が書かれている部分を引用します。
「本章の問いは、因果の本質は何か、というものです。以下ではこの問いを、因果の「必要十分条件」は何か、という問いとして理解することにしましょう。」
この問いの問い方について、ひとつの注意が喚起されます。それは、「私たちは因果の本質を十全な形で知っているわけではないのに、個別のケースにおいて因果関係があるか判断し、それにより(因果関係を説明する)各説の妥当性を検討する」というやり方をとるということです。これに対し著者秋葉は、因果の本質を十全に知っていないということが、個別の状況で正しい因果関係の判断を下せないということにはならない、と主張します。
議論の目標をもう一度繰り返せば、「任意の出来事aとbについて、「aはbの原因である」ということが成り立つための必要十分条件を同定すること」です。
因果関係の必要条件として最初に思いつくのが、「近接性」と「先行性」です。すなわち、原因aは結果bと近接した場所で起こり、かつbに先行して起こります。しかし、これらは十分条件ではありません。
追加すべき条件として自然に思い浮かぶ候補は「規則性」です。これは「同じことを何度やっても同じになる」ということです。科学なら「再現性」と呼ばれるものです。しかし、「規則性」にもいくつかの疑問は生じます。すなわち、「単に偶発的な規則性」に因果関係を読み取ってしまったり、「疑似相関」に因果関係を読み取ってしまったりするという問題です。
これに対して、因果の本質は反事実的依存関係のなではないかと考える「反事実条件説」も存在します。この説は「出来事aは出来事bの原因である⇔もしaが起こらなかったならば、bも怒らなかっただろう」と考えます。
「反事実条件説」はかなり有望ですが、それでも欠点がないとは言えません。さらに、「確率上昇説」が紹介されます。
「確率上昇説」は、「出来事aが出来事bの原因である⇔①AはBの確率を上昇させ、かつ、②aに先行する出来事のなかに、AのBに対する確率上昇関係を打ち消すようなタイプのものはない」と考えます。(ここで、AやBは個別の出来事aやbなどが属する出来事のタイプです。)
「確率上昇説」も魅力的ですが、やはり因果の成立に十分でないケースがあります。
* 以上、因果関係の三つの代表的理論――「規則性説」「反事実条件説」「確率上昇説」――を簡潔に説明しましたが、それぞれの長所と短所をまとめます。
① 規則性説(Regularity Theory)
概要:デイヴィッド・ヒュームに代表される考え方で、
「原因とは、常に結果に先行し、しかもそのような連接(規則的な共起)が観察されるものである」と定義されます。
つまり「A が起こると必ず B が起こる」という一定の法則的関係こそが因果関係の本質だとする立場です。
長所:
・経験的・観察的に理解できるため、科学的説明と親和性が高い。
・形而上学的仮定を避け、因果を「経験的規則性」として扱える。
短所:
・偶然の共起(たまたまの規則性)と真の因果を区別できない。
・単一事例の因果(個別の出来事間の関係)を説明しにくい。
・「必然性」や「力(パワー)」の概念を欠く。
② 反事実条件説(Counterfactual Theory)
概要:デイヴィッド・ルイスなどが代表で、
「もし原因 A が起こらなかったら、結果 B も起こらなかっただろう(という反事実が成り立つ)」とき、A は B の原因であるとする立場です。
長所:
・個別事例の因果(特定の出来事間の関係)をうまく説明できる。
・観察できない潜在的な因果(もし〜ならば)を考慮できる。
・科学・法哲学・倫理学などで広く応用される(例:責任判断など)。
短所:
・反事実的世界(「もし〜だったら」)の比較が曖昧。
・因果の多重性(複数の原因)や予防的因果を扱いにくい。(例:二人が同時に毒を入れた場合、どちらが原因?)
・時に主観的・仮想的推論に依存する。
③ 確率上昇説(Probabilistic Theory)
概要:「原因 A が起こることによって、結果 B の生起確率が上昇するなら、A は B の原因である」
とする立場。因果を確率的傾向として理解します。例:喫煙(A)が肺がん(B)の確率を上げる ⇒ 因果関係あり。
長所:
・現実の科学(疫学・社会科学)に近く、統計的データを扱いやすい。
・決定論的でない現象(多因的・不確実な現象)を説明できる。
短所:
・偽の相関(共通原因による確率上昇)を区別しにくい。(例:氷の販売量と日射病率の関係)
・確率が上がるだけでは因果の方向性を特定できない。
・「確率が上がった理由」自体を別に説明する必要がある。
ところで、著者秋葉によると、この3つの説はある大前提を共有しているのです。それはすなわち、「因果の本質の解明という作業は還元主義的かつ一元主義的な理論によってなされるべきだ」という前提です。
本章の最後では、この前提にとらわれない2つの理論が紹介されます。
その一つ目は「因果的多元主義」です。この説は「aがbの原因である」と言う時に、aやbがどんな種類の出来事かによって、その成立条件も変化するという考え方です。
二つ目は「原初主義」です。この説は、因果を別の何かに還元するのではなく、因果は何ものにも還元されない原初的・根本的なものであると考えます。
第三の立場として「傾向性主義」もあります。この説は、「個々の対象はそれぞれ一群の傾向性を内蔵しており、因果とはまさにそうした傾向性の連続的な発現に他ならない」と考えます。
* この3つを整理しておきましょう。
■ 因果多元主義(causal pluralism)
「因果関係」と呼ばれるものは一種類ではなく、科学や日常言語の文脈に応じて複数の正当な概念があるとする立場。たとえば、物理学では力の伝達としての因果、心理学では意図や理由としての因果など、異なるタイプの因果が並立していると考えます。因果の多様性を承認し、単一理論への還元を拒否します。
■ 原初主義(causal primitivism)
因果性は世界の基本的で分析不可能な性質であり、他の概念(法則、規則性、確率、生成など)によって還元・定義することはできないとする立場。すなわち「因果関係とは何か」をより基礎的なものに訴えて説明することはできず、因果は原初的事実(primitive fact)であると考えます。代表的にはヒューム的分析や法則主義、傾向性主義に対する第三の立場として位置づけられます。
■ 傾向性主義(dispositionalism/tendency theory)
因果関係を、対象や出来事がもつ傾向性(disposition, power, tendency)に基づいて理解する立場。因果は実際の出来事間の連鎖ではなく、対象のもつ潜在的な力の体系として存在する。例:ガラスは「割れやすい」という傾向を本質的に持つ。この傾向が環境条件により発現すると「割れる」という結果が生じる。因果は潜在的力能の現実化とみなされます。