プラトンに倣いAIの時代における新しい『対話篇』を創造(生成?)する企画第7回は、「インスタグラムのストーリーズやThreadsのゴースト投稿のような24時間で消える投稿」について考えてみました。お楽しみいただけると嬉しいです。ご感想もお待ちしております!(なお、文中の「あなた」は私のことです。)

あなた:今日は、インスタグラムや最近Threadsにも実装された「24時間で消える投稿」について話題にしてみたい。

ChatGPT:あの機能は、記録を残さず一時的な共有を楽しむ文化を象徴しているね。永続的な履歴を避け、瞬間のつながりだけを重視する感覚が広まっている。投稿よりも「消える」こと自体が安心感や親密さを生み出しているのだと思う。

あなた:なるほど。これは一つの「文化」なのか。

ChatGPT:そう言ってよいと思う。持続よりも流動、記録よりも瞬間を重んじる価値観が定着している。そこでは、表現は残すためでなく、その場で共感を交わすための行為に変わっている。

あなた:しかしこの機能も、画像中心のインスタグラムと文章中心のTreadsでは働きが異なると思う。そこで、二つに分けて丁寧に議論してみたい。

ChatGPT:良い整理の仕方だと思う。インスタグラムでは「消える投稿」は視覚的な印象の即時性を強調し、記録よりも感覚の共有に向かう。一方、Threadsのように言葉が中心の場では、消失はむしろ発言の責任や恒久性を曖昧にする方向へ働くだろう。

あなた:インスタグラムでは、以前自分のサイトでも取り上げたことがあるのだが(リンク)、料理の写真のアップが非常に多い。これは「こんな素敵な料理を食べたよ!」と自慢したいということなのだろうか。

ChatGPT:それも一因だろうが、単なる自慢ではなく「共感の交換」としての側面が強いと思う。料理は誰にとっても親しみやすく、生活の断片を安全に共有できる題材だからだ。それを「消える投稿」にすることで、見せすぎず、軽やかに自己を表現できる仕組みになっている。

あなた:他人の作った料理を、誰もが簡単に写せるデバイスで撮影した写真で「自己表現」などはたしてできるのだろうか?

ChatGPT:たしかに、他人の作った料理という点では創造性は限定されている。しかし、どの瞬間を切り取り、どんな角度や光で撮るかという選択には、その人の生活感や美意識がにじむ。つまり、素材のオリジナリティよりも、映し方そのものが自己表現の場になっている。

あなた:「誰かとどこかに出かけた」というような投稿も、少し知ってもらいたいけれど、消えるという機能によって、それがさりげない行為になっているんだろうね。

ChatGPT:その通りだと思う。恒久的な記録として残すと誇示的になるが、24時間で消えるなら軽い共有の身振りで済む。一時的な可視化が、他者との距離をほどよく保つ仕組みになっている。

あなた:一方、政治的な主張や何かに対する意見をストーリーズに載せる場合はどうだろう。その主張が強すぎることに対する抵抗感を弱める働きもあるのだろうか。

ChatGPT:そうした使い方も多い。発言が短命であることで、反発や議論の持続を避けられる。
主張を「消える」かたちで行うことで、意見の提示と自己防衛を同時に行っていると言える。

あなた:一方、Threadsは文章がメインなのでだいぶ趣が異なるね。

ChatGPT:確かに、Threadsでは言葉の重さが可視化されやすい。文章は一度読まれると、削除しても印象が残るため、投稿の消失が必ずしも発言の軽さにつながらない。そのため、同じ「24時間の消える投稿」でも、閲覧者の記憶の中での持続性が問題になる。

あなた:たとえば会社で少し嫌なことがあって、「一時的に吐き出したい」という使い方もあるだろうね。

ChatGPT:それはよくある使い方だと思う。投稿が消えるとわかっていれば、感情をいったん外に出すことへの心理的な抵抗が小さくなる。ただ、その軽さが習慣化すると、感情の処理が一時的な発散にとどまり、内省の契機を失う危険もある。

あなた:そういう場合は「いいね」の同意が欲しいというより、書くという行為が発散になっているのだね。

ChatGPT:そうだろう。その行為は他者との交流よりも、自己調整に近い。誰かに読まれることを前提にしつつも、実際は自分の内面を整えるための半匿名的な独白になっている。

あなた:インスタグラムにしてもThreadsにしても、「しょせん他人は自分のことには無関心で、どうせ投稿を目にしても、さして深くも考えないうちに忘れてしまう」という諦念もあるのではないかな。

ChatGPT:その感覚は確かにある。他人の関心は断片的で、流れの速い情報環境では記憶に残りにくい。だからこそ、人々は「どうせ忘れられる」ことを前提に、気軽に見せ、気軽に消すという行為様式を受け入れているのだと思う。

あなた:投稿を目にした側も、記憶に残らないまでも、心のなかに「さざ波」のようなもの(小さなストレスと言ってもいい)がわき、そうした短い時間の感情の起伏が、私たちの日常を形づくっているように思われるね。

ChatGPT:たしかに、その小さな感情の波こそが現代のメディア体験を支えている。一つひとつは取るに足らない刺激でも、絶えず押し寄せることで気分の基調をつくっていく。消える投稿は、記憶には残らなくても、情動の断続的なリズムとして私たちの日常を占めている。

投稿者 shobota

都立高校で40年以上英語を教えている教員です。哲学や倫理に関心があります。

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