吉本隆明の『反核異論』(1982年)は、これまで議論してきた「心情左翼(センチメンタリズムによる正義)」に対する批判の、いわば「最終決戦」にして「最大の難所」であったと言えます。
そして、2011年の福島第一原発事故(3.11)によって、この議論が世間から「完全に敗北した暴論」とみなされ、タブー視(あるいは黙殺)されるようになったのも事実です。
しかし、本当に彼の思想は「全否定」されたのか? それとも、そこにはまだ汲むべき「文明論」があるのか? 3.11後の経緯も含めて、その現在地を整理します。
1. 『反核異論』のロジック:「心情左翼」批判の極北
まず、吉本がなぜ当時の「反核運動」に異を唱えたのか、そのロジックを振り返ると、まさに前述の文脈と一致します。
当時の反原発運動が、「放射能は怖い」「子供を守れ」という「情緒と恐怖」を原動力にしていたことに対し、吉本は「それは思考停止だ」と批判しました。「怖いからやめる」というのは、火を怖がって逃げる猿と同じであり、人間は「火(危険な科学技術)」を獲得した時点で、後戻りできない業を背負ったのだ、という主張です。(吉本は東工大出身の技術者ですしね。)
吉本にとって、原子力は人類が到達した「知の段階」でした。彼は「一度手にした科学技術を、恐怖心から封印することは、人類史の否定(猿への退行)である」と断じました(「科学技術は不可逆である」)。 どんなに危険でも、人間はその技術を制御し、乗りこなす方向へ進むしか道はない(文明の進歩を止めてはならない)という、強烈な「文明肯定論」です。
2. 福島(3.11)による「現実」からの強烈な反証
ところが、2011年の原発事故は、吉本のこの哲学に対して、物理的な現実(フィジカルな事実)として「No」を突きつけました。
吉本の前提は「人間は最終的に技術を制御できる」という信頼(あるいは傲慢さ)にありましたが、フクシマは「人間は自然や巨大技術を完全には制御できない」という事実を露呈させました。
「怖いから反対する」という、吉本が馬鹿にした「おばちゃんたちの心情(生活防衛の本能)」の方が、結果として正しかったではないか、という評価が定着しました。 これにより、吉本隆明は晩年、「安全圏から強がりを言っていただけの老害」というレッテルを貼られることになりました。
3. 吉本は「転向」したか?(最晩年の態度)
興味深いのは、事故当時86歳だった吉本隆明の反応です。彼は亡くなる直前(2012年)まで、自説を撤回しませんでした。
彼は事故後も、「原発をやめろというのは簡単だが、それは文明の敗北だ」「技術的な問題は技術で解決するしかない」と語り続けました。 多くの弟子やファンが離れていきましたが、彼は最後まで「大衆の恐怖心(心情)」に迎合することを良しとせず、「反・反核」の立場を維持しました。これは、彼が「戦時中の反省(空気に流されることへの恐怖)」を、死ぬまで貫こうとした執念とも言えます。
4. なぜ「忘れ去られた」のか
現在、この議論が振り返られない理由は、左右どちらにとっても「都合が悪い」からです。
リベラル(左派)にとって吉本は「原発容認」の論理的支柱を与えてしまう危険人物であり、3.11で「論破済み」として封印したい対象です。
保守・推進派が原発を推進するのは「経済的利益」や「安全保障」のためですが、吉本が説いたのは「人類の業」や「実存的覚悟」という哲学的な話です。ビジネスライクな推進派にとっても、吉本の議論は重すぎて扱いづらいのです。
吉本隆明の「反核異論」は本当に「否定」されたのか?
福島の事故によって、吉本の「科学技術への楽観」や「安全性の見積もり」が間違っていたことは明白です。その意味で、彼の論は否定されました。しかし、彼が投げかけた「人間は、危険だからといって技術(文明)を捨てられるのか?」という問い自体は、実は現代でも形を変えて残っています。
現在、「AIは危険だから開発を止めろ」という議論がありますが、これはかつての反原発運動と似ています。 吉本の論理を借りれば、「AIがどれほど危険でも、人類は一度知ってしまった知識をなかったことにはできない。制御する苦闘を続けるしかない」ということになります。
吉本の『反核異論』は、「原発の安全性」については完全に敗北しました。 しかし、「恐怖心や情緒だけで文明の針を戻そうとすることへの根源的な問い」としては、まだ死んでいないと言えます。
ただ、3.11の傷跡があまりに深いため、日本社会がこの「残酷な問い」を冷静に直視できるようになるには、まだ長い時間が必要なのかもしれません。
今回、センチメンタルな正義論に対する吉本の批判の集大成として、「反核異論」を検討しました。最終的なまとめにも書きましたが、吉本の問いはある一面においてはまだ有効性を失っていないように思われます。
次回と最終回では、吉本なき現在彼の問題意識を部分的にでも引き継ぐものはいるのか。吉本の考える「倫理」と「倫理学」がどう交錯するのか、検討を加えていきたいと思います。