吉本隆明のように、「きれいごとの正義」の裏にある欺瞞や、それを掲げるエリート層の精神構造を鋭く批判した思想家は、国内外に存在します。

特に現代においては、SDGsや環境運動が「新しい階級による支配の道具」になっていると指摘する論客が増えています。代表的な数名は以下の通りです。

  1. スラヴォイ・ジジェク(スロベニア/哲学者)
    「あなたが買っているのはコーヒーではない、贖罪だ」
    現代で最も吉本的な視点に近いのがジジェクです。彼は、SDGs的な消費行動を「文化的資本主義」と呼んで批判しています。

批判の論理: かつて人々は、悪事を働いた後に教会で「免罪符」を買っていました。しかし現代人は、スタバで「倫理的な(フェアトレードの)コーヒー」を買うことで、消費と同時に「免罪符」を買っていると彼は言います。 「少し高いお金を払って『環境に良い』商品を買うことで、君たちは資本主義が生み出す悲惨な現実から目を逸らし、良心の痛みを麻痺させているだけだ」という主張です。

吉本との共通点は、「善意」が実はシステムを延命させるための「アヘン」になっているという構造を見抜いている点です。

  1. クリストファー・ラッシュ(アメリカ/社会批評家)
    「エリートたちは、大衆を見捨てて『世界』へ逃亡した」
    著書『エリートの反逆』は、現代の「分断」を予言した名著です。

批判の論理: かつてのエリートは、地域社会に根ざしていました。しかし、現代の「新しいエリート(高学歴・専門職)」は、国境を超えて移動し、自国の労働者階級よりも、地球の裏側の問題や抽象的な「人類」の方にシンパシーを感じていると指摘しました。 彼らは「多様性」や「環境」を語りますが、それは自分たちの生活圏(ゲーテッド・コミュニティ)が安全だから言えることであり、地元の貧しい人々を「遅れた、偏狭な人々」と見下している、という批判です。

「インテリ(前衛)が大衆から遊離し、自分たちのきれいな言葉だけで世界を回そうとしている」という構図への批判が吉本と共通しています。

  1. エマニュエル・トッド(フランス/歴史人口学者)
    「リベラルな価値観は、高学歴者の特権意識である」
    トッドは、現代の左派(リベラル)が、労働者の味方ではなく「高学歴者の党」になったと分析しています。

批判の論理: 環境保護やジェンダー平等といった価値観は、教育水準の高い都市住民にとっては「常識」ですが、日々の生活に追われる地方の労働者にとっては「押し付け」に過ぎません。 トッドは、リベラル層が掲げる正義が、実は「学歴のない人間を道徳的に劣った人間として差別するための道具(マウンティング)」になっていると指摘します。

知識人が持つ「無意識の選民思想」や「啓蒙主義」への嫌悪感が吉本と共通しています。

  1. 国内の思想家・言論人
    日本国内でも、吉本とは異なる文脈(主に保守や科学の立場)から、同様の欺瞞を突いた人々がいます。

西部邁は保守思想家ですが、吉本隆明とは互いに認め合う仲でした。彼は戦後民主主義やリベラルの言葉(平和、人権)が、歴史や伝統という「根っこ」を欠いた「空疎な言葉遊び(言語剥奪)」に過ぎないと批判し続けました。心情左翼的な「軽さ」を最も嫌った一人です。

養老孟司は解剖学者としての視点から、現代人が「脳化(頭だけで考えること)」し、身体性や自然を忘れていると説きます。 彼にとって、冷暖房完備の部屋で「自然保護」を語ることは、「身体感覚(リアリティ)の欠如」であり、吉本が言う「生活者の実感」の欠如と通底します。

  1. 思想の源流:フリードリヒ・ニーチェ
    「『かわいそう』と言う人間を信用するな」
    最後に、これらすべての批判の源流には、19世紀の哲学者ニーチェがいます。

ニーチェは、キリスト教的な「弱者への同情」や「平等」の裏には、「強者に対する妬み(ルサンチマン)」や、自分を善人に見せたいという「権力欲」が隠されていると暴きました。 「私は良い人だ、なぜなら弱者に優しいからだ」と主張する人は、実は「道徳」という武器を使って他者を支配しようとしているのだ、という洞察です。

  1. その他

日本の若手では、杉田 俊介、浜崎 洋介、千葉 雅也等に吉本と共通の問題意識があるようですが、私は自分では確かめていません。(杉田、浜崎両氏は残念ながら1行も読んだことがありません。)

このように吉本の問題意識と部分的にかかわりあう思想家や評論家は内外に存在するものの、吉本の告発した〈倫理の欺瞞性〉について、肝心の倫理学の方から応答があったという記憶はありません。もしそうだとすれば、それはどうしてなのか、最終回はその点を考えてみたいと思います。

投稿者 shobota

都立高校で40年以上英語を教えている教員です。哲学や倫理に関心があります。

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