年末から年始にかけて「本気で」蔵書を整理している。なぜかと言うと、本を買いすぎてもはや置き場所がないからだ。

今自分がどのくらいの蔵書を有しているのか、はっきりしたことはわからない。そこで推定を試みる。1997年の7月から本の購入記録を付けていて、今日まで購入した本の合計冊数が(なんと)7,445冊である。もちろんこの中には旅行ガイドやグルメ本、家内の購入した本も一部は含まれており、さらに3分の1くらいは電子書籍であり、Amazonマーケットプレイスで売ってしまった本が1,000冊以上、ブックオフに出してしまった本が2,500冊以上あるので、1997年前からある本も合計して、現在本棚に収納されている冊数はざっと4,000冊くらいと予測される。

蔵書の整理は「生まれ変わり」のようなものだ。本を処分する過程は過去を捨て去る過程であり、以前僕は「緩慢な自殺」にたとえたことがある。しかし、整理してできた新たな空間は、新たな自分を受け入れる「新生の」空間でもある。僕はもうこんな年齢?ではあるけれども、今新たにやりたいことがあり、それは〈ものになる〉か分からないので内緒ではあるのだが、次々に読みたい本が出てくる状況なのだ。そのためにはたっぷりとスペースを空けておかなければならない。

しかし、ある本を「処分する」か「残留させる」かの仕分け作業は思ったよりずっと大変である。不条理なことに、ある本を捨てるためには「その本が捨てるに値する?内容」であることを確認する必要があるのだが、もちろん4,000冊の本をすべて読んでいるわけではないので、判断不能ということになる。

そういうわけで今まで本を大胆に捨てることができずに今の状態を招いてしまったわけなのだが、状況は大きく変化した。すなわち生成AIの登場である。とりあえず自分の研究テーマや関心をGeminiに伝えて学習させておき、ある本が「処分」か「残留」かの判断を伺うことになる。AIの判断は明確であり(当然ながら感情のカケラもない)、その根拠が相当に的を得ている(具体例は次回(その2)でご紹介する)。もちろんAIを妄信しているわけではないが、AIが仕分けの判断を後押しする大きな力となったことは事実である。

しかしAIとの共同作業も楽というわけではない。たとえば、ヘーゲルの『大論理学』に関して言えば、「知泉書館の全集版は「存在論」が第1版である。第2版は当面刊行の予定がなく、そのため岩波の武市版の第2版を参照しなければならないが、作品社の山口訳の第2版を買えば、武市版は手放してよい」みたいな会話をGeminiと延々と交わすわけである。数千冊にわたってこれを繰り返す作業量を想像していただきたい。それにAIは良く知られているように、ハルシネーションを起こすので、「その情報は違っています」などとツッコミながら、朝から寝るまで10日間くらいずっとAIとこのような会話を繰り返すのである。

作業はこれで終わらない。「残留」と判定され、その結果を自分で考えて納得した場合は、脚立に乗ってその本をしかるべき位置に配置する。これはまあ簡単だが、問題は「処分」と決まった本である。まずAmazonで中古価格を調査し、ある一定程度の値段で売れそうだということであればAmazonマーケットプレイスからの出品を行う。ここで出品が許可されない出版社があるので、そうした本はヤフオクかメルカリで販売することになる(今回これはまだやっていない)。残りの売り物にならない本当の処分本は、段ボールに詰めてブックオフかバリューブックスに売らなければならない。

ちなみに今回の整理でAmazonで出品したのが50冊弱、引き取り業者に売却する分が350冊程度(大きな段ボールに4箱分くらい)である。合計400冊近く本を処分すれば本棚に相当のスペースが生まれてもよさそうなものだが、依然として本棚のすべての棚はふさがったままであり、「質料保存の法則?」は無視されている。謎だ。。。

明日から仕事始めであるが、本の整理はまだ哲学・倫理・宗教・社会・心理・文学・英語などの分野の仕分けが終わっただけであり、音楽・美術・映画・そして趣味の囲碁の書籍の仕分けが残っている。趣味の本は愛着があるので進まないだろうなあ。。。いやAIには愛着などないだろうから、バッサリ判定してくれるかな。しかしなあ・・・(次回に続く)。

投稿者 shobota

都立高校で40年以上英語を教えている教員です。哲学や倫理に関心があります。

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